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花は輝き月は笑む

13



「別室に呉服屋が控えておる。好きなだけ選んでくるがよい。」
「えっ!?そんなっ、お城に置いていただけているだけで十分です!お着物もこれをいただいてしまっているし、これ以上は…」
「この武田信玄の娘ともあろう者が何を申しておる。女子は着物やら小物やら、着飾るのが好きであろう?遠慮などせずに、満足するまで選べ。」
「でも…」
「桃殿、お館様もこう仰られているのでござる。咲と楽しんで選ばれるがよかろう。」
「幸村様…。そう言えば、咲さんはこのお城の人ですか?」
「そうでござる。桃殿と齢の近き女子はあまり置いておりませぬが、咲はよく気が利く故…」
「いえ、そうではなくて…。私付きの、と佐助さんが教えてくれましたが…私はそんなに気を遣ってもらえるような人間では…」
「そんなことはないでござる!桃殿はお館様の姫様となられた故!!そうでなくとも…某がそうしたいのでござるっ!!」

幸村が拳を握りしめ真っ赤な顔で叫ぶ。
…また出たよ、旦那の天然が。
隣に座っている佐助の目が、呆れたように主を見る。

「まあまあ、桃姫ちゃん。旦那や大将がそう言ってくれてるんだから選んでおいでよ。」
「佐助さんまで…。」

桃花は困ったように辺りにキョロキョロと視線を彷徨わせる。
けれど彼女の中で決着を付けたのか、恥ずかしそうに笑って三人を見た。

「ありがとうございます…幸村様、佐助さん。それに、信玄様も。」
「ふむ、『信玄様』も捨てがたいが…儂は桃から『父上』と呼ばれたいのう。」

からかうように笑いながら言う信玄に、桃花は驚いたように彼を見た。
少しの間黙って見つめていた瞳が、哀しそうに伏せられる。

「…全て解決したのなら、その時は…。」

頭を下げて言われたその言葉に、信玄の目が一瞬だけ大きく開いた。



咲に連れられて部屋を出ていく桃花の背中を、三人は観察するように見送る。

「…昨日の問答と言い、先程の言葉と言い、桃殿は聡い方のようでございますな。その上、博識でおられる。」

ポツリと言った幸村の言葉に、信玄は鷹揚に頷く。

「まだ完全に信用されていない、と分かっておるのだろう。桃の出自はあやふやなところが多すぎる。」
「ですが、お館様。某には、桃殿が嘘をついているようには見えませぬ。」
「…嘘はついておらぬはずじゃ。目を見れば分かる。地図で指したところもおそらく間違ってはおるまい。」
「それでもやはり…」
「確認は取らねばならぬ。置かれている立場が危ういことが分かっていて尚、他人を気遣える桃のような優しい娘には酷なことだが…佐助、頼んだぞ?」
「御意。」

仕事に徹する時の佐助の姿が見える。
片膝を立て、上座の二人に頭を垂れて余計なことは口にしない。
細かい指示を信玄が出さなくても、心得ていた。
桃花が指したところ、江戸と呼ばれる田舎に春原なる者がいるか。
もしくは、それらしい人物が立ち寄ったりしたか。
それを調べて来い、と言うことだ。

「桃は…あの立ち居振る舞いを見る限りだと、かなりの身分の娘だろうて。」
「お館様もそう思われまするか?某も桃殿のあのゆったりとした所作に、どこか貴品を感じるでござる。」
「ふむ…。あるいは落ちぶれて江戸に移り住んだ貴族の姫やも知れぬな。佐助はどう思う。」
「…間者、の線はほとんどないかと。あの者からは血の匂いが全くしません。俺の殺気で動けなくなっていましたし、身体も手も足も使っているのかって言うくらい綺麗でした。夜もぐっすり眠っていて、俺が部屋に入っていっても起きませんでしたから。あれが演技だとすると、逆に大した玉ですよ。」
「さっ、さすっ…お主、桃殿の部屋へ夜にっ!?破廉恥でござるっ!!」
「旦那〜、それが俺様の仕事だし。大将…あの子、一人で着物を着れませんよ?それにどんなに裕福でも、今の貴族に白米や卵を日常的に食べれるような家なんてないでしょう?」
「ならば武家…か?」
「春原、と言う名は聞いたことがありません。名の知られていない下級武士の娘というには、無理がありすぎませんか?」
「…やはり、そなたの報告を待つとするか。」
「御意。」

佐助の返事にゆるりと頷くと、信玄はニヤリと笑って前に座っている二人を見た。

それにしても桃は美しいのう。髪を結っていないと尚更じゃ。
本当ですね〜。結った時に見える項も捨てがたいですけど。
ほう、佐助も目の付けどころが中々に…。確かに、あの白さは堪らん。
大将…その言い様はちょっと…
そうか?儂ももうちっと若ければ…。
知ってます?桃姫ちゃんの腰、キュッと括れているんですよ〜。

一転して軽口を叩く二人に、破廉恥でござるぅ〜!!と幸村の叫びが朝の城にこだました。


2014.04.14. UP




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夢幻泡沫