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花は輝き月は笑む

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「桃姫ちゃん、精が出るね〜。」

幸村が政務をしている傍らで余り紙に文字の練習をしている桃花に、開け放たれた障子戸から顔を覗かせた佐助が満足そうに笑う。
この世界に来てすらすらと文字が読めないことに、桃花は残念な思いをした。
小さい頃から習っていた書道。
高校の選択授業で選んだのも書写。
行書体、草書体はもちろん、隷書体、篆書体なんてものも学んだ。
ついでに言うと半幽霊部員だが書道部、と自負がある。
だから日々の隙間時間に本を読ませてもらおうと借りた。
そこで発覚した。
仮名文字交じりのものは草書体もいいところで、読めないことはないのだが読み解くのに時間がかかった。
漢字のみのものは、桃花のいたところで言う漢語や漢文。
文系選択の桃花でさえも頭を悩ませてしまった。
だから信玄にお願いをした。
文字を習いたい、と。

なれば、幸村に教わるがよかろう。
こ奴は虎若子やら紅蓮の鬼やら猛々しい通り名を付けられておるが、実に華やかで朗々たる字を書く。
手本にするに値するぞ。

そう信玄に言われ同席していた幸村に頼んでみると、顔を赤くしながらも意外にすんなりと了承してくれた。
幸村の政務の時間になると彼の部屋へ行き、端の方に設けてもらった机で練習したものを添削してもらう。
そんな風に毎日を過ごすようになった。

「桃姫ちゃんと一緒にいるようになってから、旦那ってばちゃんと政務をするようになってね〜。俺様、大助かり!!」
「佐助っ!余計なことを申すなっ!!」
「だって本当のことだもん。」

ね〜?と桃花に同意を求めてから、佐助は彼女の手元を覗く。

「相変わらず綺麗な字だね。」

文字を習いたいと言われた時に、信玄は桃花がどれくらい書けるかを試した。
彼女の名前から始まって言われた言葉をゆっくり丁寧に書いていく桃花の手蹟に、信玄も幸村も驚いた。
習う必要はないのでは、と思わせるほど滑らかで繊麗な字を綴っている。
後から見た佐助も、何を習いたいの?と思ったものだ。
疑問を桃花に聞けば、崩し方が彼女のいたところと違うから読めないと。
漢字も違う文字のものがある、と。
ふ〜ん…でもこれで、下級武士の娘と言う線はなくなったな。
そう思ったのをふと思い出す。

「…そうですか?」
「うん、うん。書いた字を初めて見た時にそう思ったけど、旦那に見てもらうようになってから更に綺麗になったよ。」
「嬉しいです、ありがとうございます。」

幸村様も毎日ありがとうございます。
ニコニコと笑いながら言う桃花に、二人も穏やかに笑う。

「して、佐助。何か用があるのではなかったのか?」
「そうそう。大将がね、旦那と桃姫ちゃんをお呼びだよ。」
「そうか、あい分かった。桃殿、参りましょうぞ。」
「はい。」

幸村に続いて立ちあがった桃花は、打掛の捌き方がすっかり身についていた。

旦那の後ろについて歩く姿なんて、何て言うかもう夫婦って感じ。
初々しい若夫婦みたいで微笑ましい。
そう言えば旦那は桃姫ちゃんが傍にいても、破廉恥ってあまり言わなくなってるし。
俺様の主はいろんな意味で放っておくことなんてできないけど、桃姫ちゃんもある意味そうなんだよね。
戦のないところで育ったって聞いた時は納得した。
素直で、人を疑うってことを知らなさ過ぎる。
純粋無垢で、穢れを知らないって言うか。
俺様は汚れているけど、それでもこの手で守ってあげたい。
主と言うよりは…そう、妹って感じ。
可愛くて危なっかしい妹を大切にしたい。
…って、何を絆されているんだか。
俺様も大概だよね。

自嘲の笑みを浮かべながら、佐助は二人の後についた。


2014.04.21. UP




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夢幻泡沫