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花は輝き月は笑む
16
「桃殿は、月の姫…ではなかろうか?」
軍議は大広間で開かれる。
若輩者の某なれば、他の方より先に席に付いていなければ。
石部金吉の彼らしく予定時刻よりも早めに向かいながら、幸村は後ろについて歩く佐助に問う。
「月の姫、ねぇ。あの夜のことでしょ、旦那?」
「うむ。あの月が満ちておったのならば、桃殿は月に吸い込まれていたやも知れぬ…と思うてな。」
「…まあ、強ち間違いってこともないかな?」
手を伸ばした彼女の想いを受け取るかのように月は輝いていた。
夜は、闇は、人を惑わす。
淡い光の中に照らされていた、白い寝間着に身を包む桃花。
そのまま浮かび上がって手の届かないところへいってしまいそうなほど幻想的だった。
あの場に佐助がいなかったら、俺は桃殿に走り寄っていただろう。
そしてそのままあの身体を…
「…っ、破廉恥でござるっ!!」
「何がっ!?何が破廉恥なのっ!?」
「…気にするな。」
己の想像が突っ走り、カッと体に熱を帯びた。
反射的に返した佐助にぼそりと言うと、幸村は思い浮かべるように視線を宙に投げ出す。
あの時の桃花は儚く見え、震える声で詠われてしまえば目を放すことなどできなかった。
今の世人にはない透明さが彼女にはある。
「守ってあげたくなるよね、桃姫ちゃん。」
「…佐助もそう思うか?」
「うん。旦那と夫婦になればいいのに、って思うよ。」
「めおっ…と…っ!?たっ…戯れを申すでない!」
「う〜ん、結構本気なんだけど。だって大将の姫って立場がしっかりすれば正室も問題ないでしょ?それが無理でも、側室って手もあるし。」
「佐助っ!!」
「あ〜、ゴメンゴメン。でも、本気だから。」
「もうよいっ!!」
真っ赤になって叫ぶ幸村に、佐助はポンポンと宥めるように肩を叩く。
軽く言ってはいるが、佐助はそうなればいいとどこかで願っているのだ。
「…それで、月の姫が強ち間違いではないとは?」
「結局、消息が全然つかめなかったんだよね。江戸でも、あの川の付近でも。大体、江戸なんて何にもなかったし!気になるところは調べ尽くしたけど、本当に気づいたらあそこにいたって感じ。」
「先の世から参られたと言われていたのは真であった、と言うことか?」
「まあ…もうあんまり疑えないかなぁ。」
「そうか、ご苦労だった。」
じゃあ給料上げて下さいよ〜と力いっぱい懇願する佐助を一瞥すると、幸村は懐から何やら取り出した。
「…何それ。」
「桃殿が詠われたものでござる。」
「ああ、あの歌。吃驚だよね、桃姫ちゃんの声。何て言うか、春告鳥?『お土産なんていらない、あなたが帰ってくるだけでいいの。』って?」
「…その姿のまま桃殿の声真似をするな。」
「え〜!?似てたのに?」
「気色悪い。」
ひっでぇとケラケラ笑いながら佐助は幸村を見る。
「…早く上田に帰ろうね、お土産たくさん用意して。」
「ああ、そうだな。」
「それじゃ、俺様はここまでで。しっかり軍議に参加するんだよ!」
小言で締める佐助に幸村は眉を寄せ、それから微笑んで書き付けを懐にしまった。
あの障子戸の向こうでは、大将を中心に軍議が開かれている。
大きな木の枝の上で他人から見れば無理だろうとしか思えない体勢で寛ぎながらも、佐助は周りの様子を注意深く探ることを忘れない。
今のところ、各地での怪しい動きは報告されていなかった。
だから視察と言う名で信玄は上田に足を延ばしていたし、幸村も佐助も甲斐まで来たのだ。
軍議が終われば、上田へ戻れる。
…って言うか、俺様戻れるのか?
理不尽な仕事を押し付けられそうな予感がする。
やめてよねぇ、今回は素直に帰りたい。
早く桃姫ちゃんに会いたい。
変なことは知ってるくせに、幼子が知っているようなことを知らないあのお姫ちゃんの世話を焼きたい。
あの子はどんな土産をあげれば喜ぶかなぁ?
いらないって言ってたけど、あればあるできっと嬉しいよね。
自然と緩む頬は、傍から見れば危険物扱いだろう。
いかんいかんと叩いていると、後ろに音もなく忍びよった者がいた。
「…才蔵、どうした?」
「長、緊急事態だ!」
「何があった?」
「こちらに軍団が迫ってきている。」
「…甲斐へ、か?」
「いや、上田だ。」
「なっ!?旗印は?」
「竹に雀。」
「…ちっ!才蔵は直ちに上田へ行き、戦の準備を!俺は旦那と大将に報告してから直ぐに向かう!」
「承知。」
指示を出して直ぐ、佐助は大広間へ向かう。
本来なら先触れ等の手順を踏まなければならない。
だが、事は一刻を争う。
佐助は閉じられている障子戸越しに、声高に申し入れた。
2014.05.19. UP
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夢幻泡沫