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花は輝き月は笑む

17



「軍議中、失礼致します。」
「…佐助か?」
「大将、火急の報せが。」
「入れ。」

信玄の許しを得て、障子戸をスパンと開ける。
正面には信玄、家臣団の中でも上座を陣取る幸村、他の家臣の目が一斉に佐助に向けられた。

「何ぞよからぬことか?」
「上田に向かう軍団あり。旗印は竹に雀。」
「なんとっ!?それは真か!?」
「幸村よ、佐助と共に直ちに上田に戻れ!儂も参る!!甲斐は小山田、そちに任せるぞ!残りの者も、各自の持ち場につくのじゃ!!」
「はっ!!」

総大将からの指示が出れば、行動は早い。
軍議はその場で終わり、先を争うように大広間を出る。
幸村も佐助を引き連れて支度にかかった。

「上田には才蔵を向かわせた。」
「直ぐにでも戻らねば!お館様より預かりしあの城を、むざむざと開け渡すわけには参らぬ!!」
「奇襲なんて卑怯なことをしてくれるよね。上田には桃姫ちゃんもいるのに。」
「…尚のこと急がねば!!」

焦りさえ見せる主に、佐助は心の中で祈るように叫ぶ。
旦那が帰るまで持ち堪えてくれよ、と…。



幸村と佐助が信玄について行ってからの上田は、静かな毎日だった。
なるべく城の使用人に世話にならないように、桃花も不用意には出歩かなかった。
自然と部屋にいることが多かったから気付かなかった。
上田城に暗雲が近づいていたことを。
この世界で過ごす毎日が穏やかだったから忘れていた。
ここが戦国の世だと言う事を。

「桃姫様っ!!」

いつもは物柔らかな言動の咲が、焦ったように襖越しに声を掛けてきた。

「咲さん?どうしたんですか?」
「入ってもよろしゅうございますか?」
「勿論です。どうぞ?」

何事かと己から襖を開けた桃花の目に入ってきたのは、見慣れない姿の咲。
そして、その後ろには襷掛けをして鉢巻を締めた侍女が数人いた。

「咲さん、その格好は…?」
「奇襲でございます、桃姫様!お逃げ下さい!!」
「…奇襲、ですか?」
「はい。城に残った者で食い止めておりますが、ここは危なくなるやもしれません。本丸の方へお移り下さい。」
「…戦…ということ、ですか?」
「はい。」

咲の短い返答の後ろで、地鳴りのような音が聞こえてくる。
男達の叫び声。
金属がぶつかり合う音。

「いく…さ…」
「桃姫様っ、お早く!」
「は、い…」

茫然と立っている桃花の手を引くと、咲は走り出した。
侍女達は後ろを守るように固めている。

「…咲さんは忍び、だったんですか?」
「はい。隠していましたこと、深くお詫び申し上げます。」
「そんな…。私の方こそ、何だか申し訳ないです。」
「お謝り下さいますな。常とは違う仕事も、なかなか楽しゅうございましたので。」
「手を煩わせてばかりいましたよね?」
「そんなことありません。これからも傍にいさせて下さいませんか?」
「勿論です!咲さんさえよければ!」

走りながら交わすような会話ではない。
すれ違う人は皆武装している。
刀や槍も冷たく光っている。
けれど、桃花も咲も笑みを浮かべながら駆けた。
桃花には戦と言う実感がまだ湧いていない。
どこか他人事のようにすら感じていた。

「ご存知でしたか?桃姫様は幸村様の御正室様になられると、下々の間で専ら噂されておりますのを。」
「…えっ!?」
「あの幸村様が、桃姫様を避けられることなく接していらっしゃるのですから。それに幸村様が敬愛されるお館様の姫様を迎えられるのです。私共はとても誇らしく思っておりました。」
「それはっ…!」
「桃姫様はお城に仕える者に会う度に、挨拶をして下さっていました。お礼もお言葉もよく口にして下さいました。それがどんなにありがたいことか。」

桃姫様、ご無事で!
ご無事でよろしゅうございました、桃姫様!!
幸村様がお帰りになるまでの辛抱でございます!
我らにお任せ下さい!!
笑顔を見せて城門に向かう兵達は、口々に桃花の無事を喜んでいる。
そんな彼等の思いを、咲は痛いほどよく分かっていた。

「あの者達の言う通りでございます。長も一緒に戻って参ります。桃姫様、幸村様がお戻りになるまでの辛抱でございますよ。」

ニコリと笑って言う咲に、桃花の鼻の奥が痛くなる。

こんな優しい人達が命のやり取りをするなんて…。
私は、たくさんの人に守ってもらえるような立場ではない。

「…誰にも…死んで欲しくありません…」
「そのお優しいお気持ちを頂ければ、充分にございます。」

段々と近づいてくる喧騒に、咲は話を止めて先を促す。
桃花もそれに従い、本丸へと急いだ。


2014.06.02. UP




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夢幻泡沫