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花は輝き月は笑む
19
上座には伊達政宗。
正面に対峙しているのは武田信玄。
その後ろに真田幸村と猿飛佐助が控えていた。
「…お館様、申し訳ございませぬ。この幸村、政宗殿に…」
「何も申すな。幸村よ、今となっては何を言っても見苦しいだけじゃ。」
「申し訳…ございませぬ…」
傷口から血が流れていることなど気にせず、幸村は床板に額を擦りつけんばかりに低頭する。
「某、お館様の役に立つどころか足枷になってしまい…申し開きのしようもございません。かくなる上はっ…!」
「Hey, 真田。腹を切るのは勝手だがな、俺はそんな奴をrivalと認めた憶えはねぇぞ?それよりてめぇ、いつの間に奥を娶った?酒ぐれぇ祝いで贈ってやったのによ。」
「は…?何を申されているのであろうか?某、誰も娶った憶えはござらん。破廉恥なっ!」
「…Ah?なら、てめぇの妹姫か?」
「妹などおり申さん。」
「Ha!それなら、あのkittyは誰だと言うんだ?」
「…き、て…?誰のことを言われているのであろう?」
「いるだろ!女がこの城に!!成を付けているんだ、隠すんじゃねえ!!」
「…政宗様。姫様を連れてこられた方が話が早いかと。」
苛つく政宗を、小十郎は静かに諌める。
主から了承を取って席を外した腹心を視線だけで見送ると、若き勝利者は老獪な山を見据えた。
「…虎のおっさん。」
「何だ?」
「この城には真田幸村と同じくらいの齢の姫がいるだろう?」
「…」
沈黙を守る信玄に、政宗は探るような視線を向ける。
「上田城を手土産におっさんに挨拶してやろう、と考えていたんだが…。」
「どうすると言う。甲斐を乗っ取るか?」
「Ha!そんな無粋なことはしねえよ。虎のおっさん、同盟だ。全て今まで通りで構わねえ。」
「…ほう?」
「その代わり、あのkittyを貰う。」
牙を覗かせ笑う竜に、虎は目を光らせた。
付いて来ていただこうとの小十郎の言葉に、桃花は無言で立ち上がる。
成実は小十郎に対して軽口を叩いているが、前を智、後ろを武に挟まれ恐怖を感じずにはいられない。
彼等の主が言った『女子供に手出しはしねえ』、『手荒なまねはしねえ』に縋る気持ちでいっぱいだった。
ともすれば遅れがちになる桃花の歩みに、小十郎がチラリと後ろを振り返る。
「…姫様、いかがなされたか?」
「いえ…」
「そんな怯えなくていいよ〜。なにも取って食おうってわけじゃないんだし。」
「成実、そのような物言いでは姫様が余計に怖がられるだろう。」
「俺じゃなくて、小十郎が怖いんでしょ?」
「何とでも言え。」
ベッと舌を出して子供のような反抗を見せる成実を小十郎は相手にしない。
軽く息を吐き出してあしらった後、桃花の方を見ると先程よりは多少柔和になった顔で再度促した。
「姫様、ご安心召されよ。信玄公のところへ案内(あない)致します。進まれるがよろしかろう。」
「…はい。」
歩き出した小十郎の後を遅れない様に桃花は付いて行った。
連れてこられた障子戸の向こうを見れば理解せざるを得ない。
武田方が敗北した、と言うことを…。
それでも…
「幸…村様っ!」
打掛を掴み、悔しそうに震える赤を目指して一直線に走り寄る。
背中しか見えない彼の顔を覗き込むように、直ぐ脇へ膝をついた。
「…あ…血、が…」
「…破廉恥でござる。」
懐にある手拭いの存在など欠片も思い出さず、長襦袢の袖口を引き出す。
恐る恐るながら優しく傷口に当てている桃花の手を、幸村のそれが上から押さえた。
これまで聞いたことのない、絞り出すような声が幸村から洩れる。
「恐ろしい思いをさせてしまい、申し訳ござらぬ…」
「いいんです、そんなこと。幸村様がご無事でよかったです。」
「某、政宗殿に敵わず…」
「…生きていてくださるだけで私は嬉しいです。」
桃花は微かな笑みを浮かべて幸村を見る。
怖い。
簡単に傷つけ合い、殺し合うこの世界が。
それを疑うことなく受け入れているこの世界が。
けれど、自分勝手かもしれないが『死』を見ずに済んでよかった。
大切に思っている人が生きていることに安心した。
「佐助さんは?」
「…俺様も平気だよ。」
「でも、傷が…」
「こんなの傷のうちに入らないって。」
「…無事でよかったです。」
苦笑しながら己を見る佐助に、桃花も漸く深い息を吐き出した。
2014.06.16. UP
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夢幻泡沫