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花は輝き月は笑む
21
「…まさかこの年で白無垢を着るとは思いませんでした。」
白一色に染められていく我が身を、桃花は苦笑しながら見下ろした。
「そのようなことはございません。失礼ながら、桃姫様のお歳では…」
「あぁ、そうですよね。でも私が育ったところでは、二十代半ばから三十代前半で嫁ぐのが世の常識だったんですよ。」
「まあ!そのようなお歳で、でございますか?」
「はい。十代で嫁ぐ人は珍しい目で見られてしまうんです。なにせ、二十歳で漸く成人ですから。」
長かった髪は、少なめであるが横の一部分が顎、胸にかかるくらいと二段に切り揃えられた。
動けば視界に入ってくるそれを、桃花は片手間に弄ぶ。
先日、信玄の手によって遅ればせながらではあるが桃花の鬢削ぎが執り行われた。
これにより桃花は信玄の娘であると武田家中にも知らされ、同時に伊達と同盟を組むことも知れ渡った。
上田城奇襲の一件もあり、伊達との同盟を危険視する者もいた。
しかし同盟の趣意を紐解いてみれば武田の立場は何も変わらず、信玄をはじめ誰一人として処罰もないとのこと。
さすがはお館様の姫様でいらっしゃる、ご立派なことだ。
諸手を上げて喜ぶ家臣達に、桃花は曖昧に微笑むに留まった。
「この髪形もそうですが、段々とお姫様仕様になっていく自分が信じられないです。」
「よくお似合いでございますよ。」
「そうですか?…ありがとうございます。」
「これが…」
そう言い澱んだ咲は着付けていた手を止めて、切なそうに眉間を寄せて純白の打掛を撫でる。
「幸村様のお隣で拝見できないことが残念でございます。」
「咲さん…」
「あの時、私の命に代えましても桃姫様をお守りしていれば…」
「それは違います。戦わないでと、私がお願いしたんですから。咲さんも上田の皆さんも無事なほうが、私は嬉しいです。」
ふわりと笑えば、咲は泣きそうな顔で笑い返す。
そして口を一文字にキュッと噤むと、また着付けに集中した。
祝言は奥州で挙げるそうだ。
甲斐の国主たる信玄はきっと参列できないだろう。
けれど、折角用意してくれたのだ。
これを着た姿を見て欲しい。
眼前に座り優しく目を細める信玄に、桃花は胸のつまる思いを抱く。
短い間でしたが、大変お世話になりました。
何も分からない私を保護してくれた上に、たくさんのことを教えて頂きありがとうございました。
信玄様を父上と呼べること…とても嬉しく思います。
ポツリポツリと話す桃花に、信玄の目も熱くなる。
「よく似合うておるぞ…」
そう言ったきり、信玄は黙り込んでしまった。
「あまり準備期間もなかったと言うのに、こんなに綺麗なものを頂けるなんて…」
「桃姫ちゃん、何も望まないんだもん。大将達と毎晩のように頭を突き合わせて徹夜で考えたんだからね。」
「今まで貰ったもので十分だと思っていますから。」
「何言ってるの!?武田の姫が嫁ぐんだから、伊達方が舌を巻くくらいの準備をしなくちゃ!」
「そんな…。あまり私にお金をかけないで下さい。」
大げさな身振りで息巻く佐助を、桃花は焦って止める。
「桃殿、何か意にそわない物でもあったでござるか?」
「そんなことないです!ただ、私は…」
「桃殿はお館様の姫様にござる。佐助の申す通り、余るくらいの準備をした方がよろしかろうと思いまする。…時に桃殿、その打掛の文様が何だかお分かりであろうか?」
「これ、ですか?」
じっと桃花が着ている白無垢を見ながら幸村が尋ねる。
丁寧に縫い取られた文様は、複雑な曲線で縁どられた中に花がぎっしりと詰め込まれていた。
「ええと…すみません、分からないです。」
素直に降参の意を示せば、幸村は穏やかに笑いながら教えた。
「それは雪輪文様にござる。中の花は梅と桜を入れ申した。」
「寒さ厳しい雪の季節の後には、綺麗な梅や桜の花が咲く。どんなに辛い事があっても、良い事が絶対に後で待っている。綺麗で温かな生涯を送れますように。大将の想いが込められた逸品だよ。」
「父上…幸村様、佐助さん…。ありがとうございます、私は贅沢者ですね。」
「…礼を申すのは儂の方じゃ。儂の娘が桃であること、この信玄の誇りであるぞ。」
信玄はゆっくりと桃花の手を取ると、何度も確かめるように頷いた。
2014.06.30. UP
若くして結婚される方もいらっしゃいますよね。
偏見を持っているわけではありませんので、あしからず。
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夢幻泡沫