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花は輝き月は笑む

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甲斐の虎、その掌中の珠の花嫁行列は盛大に奥州の地へ出立した。
伊達側からは伊達成実、片倉小十郎、と伊達の双璧が迎え役として甲斐まで来た。
武田側からは真田幸村、猿飛佐助が送り役として奥州まで出向く。
初めて乗る輿に興味津々だった桃花も、揺れが続くのには辟易した。

そう言えば、昔は乗り物酔いが酷かった。
電車とバス通学になってから、酔うことはなくなったけど…。
こちらに来てからは、幸村様の馬に乗ったのが最後。
何かに乗ると言う感覚すら忘れていた。
狭い輿の中ではずっと同じ姿勢で、どんなに崩しても足が痺れてしまう。
空気の入れ替えもしないから、何だか息苦しいし。
輿ってこんなに体に悪いものだったのね…。
伊達政宗との婚儀が決まってから、本調子とは程遠い己の身体。
原因は分かっている。
だけど、どうしようもない…。

体内にある悪い物質をすべて吐くように深く息を出すと、寝てしまえとばかりに目を閉じる。
そうして何日かやり過ごし、桃花は奥州に辿り着いた。

「ここは…」

かつて一度訪れたことがあるその城は、その時にはなかった大手門や本丸が仰々しく出迎えてくれた。
それに、なかったと伝えられている天守閣も聳え立っている。
代わりに、かの有名な伊達政宗像がなかった。

「…まあ…ねぇ…」

知らない過去ならば、何があってもおかしくない。
一人で納得して城を見上げている桃花に、小十郎が声を掛けた。

「桃姫様、何か仰いましたでしょうか?」
「あ…いえ…気になさらないで下さい。」
「なれば早速でございますが、桃姫様のお部屋にお移り下さいますよう。」
「…はい。」

真面目に先頭を歩く小十郎の後ろについて城内へ入る。
『豪華絢爛』を体現している造りに呆気に取られ、視線があちこちに彷徨ってしまうのは目を瞑って欲しい。
ほう…と感嘆の息を洩らしながら、桃花は鮮やかな襖絵や天井に魅入ってしまった。



「桃姫ちゃん、顔色悪いけど大丈夫?」

部屋に準備されていた薄い敷物に座った途端に、佐助が気遣わし気に桃花を見る。

「…乗り物酔いです。少し経てば治まると思うので…」
「そう?無理しないでね。」
「幸村様と佐助さんの方こそ、疲れていませんか?」
「某と佐助のことは気になされますな。お館様の名代として承ったこのお役、しかと果たして見せましょうぞ!!」
「旦那、声が大きいって!桃姫ちゃんに響くでしょ!?」

熱く拳を握りしめる幸村を、佐助は手慣れたように落ち着かせる。

「おい、真田幸村に猿飛。お前等は何でここまでついて来てるんだ?ここは桃姫様のお部屋だぞ!?」
「だからついて来てるんでしょ?慣れない奥州に一人でいたら可哀想だし?」
「てめぇ!」

抜け抜けと神経を逆なでるような事を言う佐助に、小十郎のこめかみが浮き立つ。

「…片倉様。幸村様と佐助さんが傍にいてはいけませんか?」
「桃姫様は政宗様の御正室となられるお方でございます。みだりに男が部屋に入るなど…」
「気持ちが落ち着くまで、で構わないので…傍にいてもらってはいけないでしょうか?…一人では少し心許なくて…」
「…承知致しました。今、茶を用意して参ります。どうぞお寛ぎになってお待ち下さい。」

ではと言って小十郎達が部屋を出たのを機に、桃花はくたりと寄懸(よりかかり)に凭れかかる。

「桃殿、大事ないでござるか?」
「はい。でも、お茶が来てしまえば幸村様達ともお別れ…でしょうか?」
「明日の宴には、某も佐助も招かれておりまする。それが無事に済めば、我等は甲斐へ戻る手筈でござる。」
「そう…ですよね。幸村様、佐助さん…私…」

そう言って上座に据えられた席を立つと、桃花は二人の傍に正座をして座り直した。
正座は桃花の中で最上級の姿勢。
これから話すことは己の覚悟なのだから。


2014.07.07. UP




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夢幻泡沫