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花は輝き月は笑む
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「…大名家の婚儀がどういうものかは知っています。嫁としての役割も知っています。今回の私の立場も分かっているつもりです。」
「桃殿…?」
「…でも、私はそんなに知恵が回りませんから…信玄様のお役に立てることはできないと思うんです。」
大名家同士の結婚は誼を通じ、血を結ぶ役割がある。
嫁ぎ先の奥の差配をし、同時に実家に婚家の内情を報告するスパイの役割もある。
今回の同盟で伊達に嫁ぐ私は、それに加えて人質の役割もある。
きっとこの世界で望まれる嫁以上のことをこなさなくてはならないのだろう。
伊達にお嫁に行くのは自らで決めたこと。
だけど、そんな度胸は私にはない。
それに…
「私がいたところでは、夫婦になれるのは一人だけと国で決められているんです。伴侶がいるのに別の人とも同時に深い仲になることは、厳罰に処せられてしまいます。」
「何と!」
「私もその中で育ってきたので…。伊達様には既にご側室様方がいらっしゃると佐助さんから聞きました。」
「あー…うん。」
ポリ…と頬を指で擦りながら申し訳なさそうに肯定する佐助に、色事に疎いはずの幸村が珍しく目を吊り上げた。
「佐助!桃殿がどのような気持ちでおられるかは知っておろう?何も婚儀の前にそのようなことを申さずともっ!」
「幸村様、佐助さんは悪くないです。私から聞きました。」
「桃殿…しかしながら…」
「私のことは気になさらないで下さい。名のある方は複数の人を娶って当たり前、と言うことも知っています。だけど、私は…」
伊達政宗には愛(めご)という正室がいたはずだ。
それを佐助に問えば、『竜の旦那に正室がいるなんて聞いたことない』と返された。
それならば…と少し安心したところで、『まあ…側室は何人かいるけど』と言い辛そうに佐助は付け足した。
明治以前の日本では、正室の他に何人も側室を持つことが一種のステータスだ。
家を残すため、外交手段として使うため。
子供は多ければ多いほどいい。
そんなことは知識として充分に分かっている。
頭では理解しているのだ。
それでも…
言葉が続かず俯いて何度も首を振る桃花に、幸村と佐助はどう声を掛けていいか迷う。
宙に浮いた手は彼女に届くことなく、握りしめられたり頭を掻いたりするだけだった。
「…きっと私はここで何もできないで終わると思いますし、別にそれはいいんです。だけど、信玄様や幸村様の邪魔はしたくないです。」
「桃殿!そのようなことは…」
「万が一の時に自害できる気概も持っていません。だから…甲斐の、幸村様達の邪魔になる時が来たら殺してください。」
「桃殿っ!?」
「私を拾ってくれたのは、幸村様と佐助さんです。二人がいなかったら、私はとっくに死んでいたと思います。…だから、この命は二人のものです。死ぬのなら、二人のどちらかの手で…」
「…狡いね、桃姫ちゃん。」
「痛いのは嫌ですから、一瞬でお願いします。幸村様と佐助さんならできますよね?」
苦笑して桃花の頭を撫でる佐助に、彼女も微笑み返す。
「俺様は桃姫ちゃんの幸せを願っているよ。アンタが以前に言ってくれた言葉…嬉しかったから。この俺様の心を解すなんて、桃姫ちゃんは凄いよね。だから、さっきの願いはゴメンだよ?」
「某とて御免こうむる!!」
だけど…桃姫ちゃんは分かっている。
俺様は忍び。
大将の、旦那の害になるものはどんなものであれ…消す。
それが俺様の仕事。
旦那は桃姫ちゃんを殺すなんてことをしない。
それが旦那のいいところでもあり、弱さでもあるんだけど。
彼女を何とか生かそうとするだろう。
それでもどうしようもない時は…
『二人のどちらか』なんて言ってたけど、俺様にってことでしょ?
あ〜あ、本当に…
「…ホント、狡いお姫さんだこと。」
「ふふっ…」
「忘れないで?本当に心の底から桃花ちゃんの幸せを願っているよ。」
「佐助さん…」
「某も、桃花殿の幸せを願っておりまする!」
「幸村様も…ありがとうございます。伊達様に嫁ぐと決めたのは私です。後悔はしていません。でも…」
久しぶりに聞く己の本来の名前。
武田信玄の娘という立場である『桃姫』ではなく『春原桃花』に言っているんだよ、と感じられ…。
それで呼ばれてしまえば、涙腺が一気に脆くなる。
泣くまいと堪えていたが、持ちこたえられない。
スンと鼻を鳴らして桃花は二人を見る。
口を動かせば、端から雫がポロポロと零れ落ちた。
「…怖、い…」
両手を拝むように口へ当て咽び泣く桃花を黙って幸村に預けると、佐助は部屋の外に出た。
2014.07.14. UP
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夢幻泡沫