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花は輝き月は笑む

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「お近づきの印に、ご一献傾けさせて頂けませんか?」
「…嬉しいお言葉ですけれど、お酒は…。すみません、お気持ちだけいただきます。」
「まあ、謙虚な方ですこと。お可愛らしいですわ。ますます仲良うしていただきとうございます。ささ、どうぞ杯をお取り下さいませ。」
「猫、桃が飲めねえって言ってるんだ。止めときな。それより、早く部屋に戻れ。」
「政宗様は意地悪でございます。猫も共に祝ってもいいではありませんか。女子の私からしても愛らしい御方様でいらっしゃいますし、もうそんなにもご執着なのでございますか?」

暖簾に腕押しの態になってきた状況に、場はますます冷え込んでくる。
…これは寵愛を盾に取った側室からの挑戦状か?
それを桃花がどう受け止めるか、あるいはどう受け流すのか。
桃花の器量を確かめようと言う魂胆か?
固唾を飲んで見守る伊達の家臣団に、幸村と佐助は舌打ちをしたくなった。
正室と側室では立場が違う。
本来ならこのような場に側室が乗り込んでくること自体、手討ちになってもおかしくはない。
中ほどに座っている一人の顔色が悪いのは、おそらく父親だからだろう。
誰も何も言わない状況に幸村が正面の小十郎を見れば、元々刻まれていた皺が更に増える。
流石に我慢が出来なくなった幸村が口を開こうとした時、視界の左がすっと動いた。

「…猫様、一口だけいただいてもよろしいですか?」
「まあ、流石は御方様!そのお言葉、ありがたく。」

そう言うと、猫は嬉しそうにそそくさと桃花の前に移動した。
…こんな雰囲気のところにいたくない。
一口飲んで解決するなら、未成年だろうが飲んでしまおう。
酔ってしまえば、この場から下がることも許されるかも。
いやに響く鼓動と合わせて、全身が共鳴しているように感じられる。
こうなってしまったら、桃花は抑えることができない。
早く一人になって静まるまで堪えるしかないのだ。
手にある小振りの盃に並々と注ぎ入れられた酒を見ながら、桃花はゆっくりと息を吐く。
いただきますと小さく言葉にして、何口かに分けて飲み干した。

「いかがでございますか?奥州自慢の酒は?」
「…」

お酒の味など分からない。
何せ、人生初の飲酒なのだから。
喉にキュッときた焼ける感覚に、思わず咳が出てしまう。

「お口に合いませんでしたか?」
「…いえ、そうではな…く、て…」

言葉を濁そうにも、這い上がってくる生温いものが邪魔をして桃花は咳込む。
ゴホッと噎せ出たそれを抑えようと口に当てた右手に、液体の感触がした。
そっと手を外して見れば、目に入ったのは赤いもの。

「…え?」

何、これ?
赤くて…生温くて…鉄くさくて…
…血?
何で…

ドクンドクンと一層うるさくなる心臓は暴発しそうだ。

ああ…もう…

「…ぐぅっ!…あっ…はっ…」

一気に押し寄せた激しい衝撃に桃花の体が勝手に前へ倒れ込む。
直接触ることのできない中身を取り出してしまいたい。
血に濡れた手で胸を押さえつければ、純白の無垢が生々しい色で染まった。

「桃殿っ!?桃殿、如何致したっ!?政宗殿っ、これは如何なことかっ!!」
「まさか、毒…っ!?竜の旦那…側室を使って桃姫ちゃんを毒殺しようって!?」

ガタッと膳をひっくり返しながら立ち上がって大声を発する幸村と佐助の声が、やけに遠くに感じる。

毒殺…毒を盛られたの?
…違う、これはいつもの発作でしょ?
こんなに酷いのは久しぶりだし、確かに今まで血なんて吐いたことなかったけど…
え…じゃあ…
やっぱり…毒を、盛られた?
もう、訳が分からない。

涙でぼやけている目で猫を見れば、腰を抜かしたのか座り込んだまま動けないでいた。
左を見れば、驚愕した政宗が零れ落ちそうなほど大きく左目を瞠っている。

「あ…ぐ、ぅあっ…」

痛い。
苦しい。
息ができない…。

「桃殿っ、しっかりなされませ!!」
「旦那、桃姫ちゃんを早く部屋へ!!」
「政宗殿っ、卑怯にも程があろう!同盟を申し込んできたのはそちらではないかっ!!」
「Wait!俺は知らねえ!!」
「そのような偽り、罷り通らん!卑怯なり、伊達政宗っ!!」
「旦那っ!言い争ってる場合じゃない。兎に角、毒を体外に出さなきゃ!早く部屋に運んで!!」
「相分かった。桃殿、失礼仕る!!」

己の胸を掻きむしる桃花の何と儚げなことか。
あれだけ甲斐の皆に褒めそやされた白無垢は、彼女の鮮血で赤い花が散ってしまっていた。
化粧をしていても薄く色づいていた頬は、青いどころか色を失くしている。
浅く息を吐く合間にも、呻き声は止まらず。
見たこともないほど眉間をきつく顰める姿は、正視に耐えず。

こんなに毒々しい赤は、桃殿には似合い申さん!
こんなに苦しまれる姿も、桃殿には似合い申さん!!

幸村は直ぐにでも政宗に掴みかかりたいのをグッと堪え鋭く睨むと、蹲っている桃花を抱き上げた。
足音荒く飛び出せば、佐助も小十郎等を一睨みしてから後に続く。
猫を捕らえろ!飯坂宗康もだ!!
二人が去った場からは、政宗の怒鳴る声が響いた。


2014.09.01. UP




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夢幻泡沫