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花は輝き月は笑む
29
「桃姫ちゃんっ!しっかり!!」
部屋に入って赤く穢されてしまった花嫁衣装を脱がせながら、佐助は桃花の様子を観察する。
あれから血を吐いてはいない。
けれど息を吸うこともままならないようで、唇まで紫になってきていた。
それに反して、幸村にしがみつく手は異常なほど強固に握り締められている。
余程の苦痛なのか…。
こんな症状の毒など知らない。
何だ…?
奥州だけが知っている毒なのか!?
俺様の所持している薬は効くのか?
どの薬が有効なんだ!?
「…きゅ…きゅ、しゃ…びょ…いん…」
「桃殿!?しっかりなされませ!!」
「桃姫ちゃんっ、どこが苦しいの!?」
耐えきれずに漏れる呻き声の中で口走る桃花の言葉が上手く聞き取れない。
「桃姫ちゃん!まずは横になろう?」
「…や…この、ほ…が、らく…」
「っ…分かった!旦那、しっかり支えててね!!」
「相分かった!」
「桃姫ちゃん!どこが苦しいか言える!?」
「…し…ぞう…」
「し、ぞう…心の臓!?」
桃花の言葉を反芻すれば、小さな頷きが返される。
「佐助!何とかならぬのか!?」
「そりゃ俺様だって何とかしたいのは山々だよ!だけど何の毒を飲まされたか分からないしっ!!」
「佐助は優秀な忍びなのだろう!?そなたの知らぬ毒などあるのか!?」
「その信頼には全力で応えるつもりだけどっ!こんな症状、見たことも聞いたこともないから…っ…」
畳みかける幸村に、佐助も苛立ちで声を荒げる。
焦燥が充満する中で、か細い声が二人の言い争いを止めた。
「…わ、たし…し、ぬ…の?」
「なっ!?桃殿っ!滅多な事を申されるな!!」
「桃姫ちゃん!そんなこと俺様がさせないから!!とにかく、まずは心の臓に効く薬から!」
どこに隠していたのか、素早く薬を探し出した佐助は桃花に言い聞かす。
「桃姫ちゃん、これ飲んで!大丈夫、きっと効くから!!」
そう目の前に出された黒い塊を、桃花は震える手で佐助から受け取る。
…効くとは思えない。
この痛みはいつも耐えるしかないのだから。
桃花のいた時代の医者でさえも無理だといったこれに、戦国時代の薬が効くなんて考えられない。
でも、どうせ耐えるしかないのなら…
思い切り疑いながらも、桃花はそれを飲み込む。
後はこの痛みが少しでも早くなくなることを願うのみ。
心臓を直に鷲掴みされているような激痛に顔を顰めながら、桃花は現実から逃れるように目をギュッと瞑った。
白い部屋。
壁にそって置かれたベッドに桃花は横たわっている。
色味がない部屋は、幼い彼女にとっては少々怖いと感じる場所だった。
「ねえ、先生?私の心臓、どうなっているんですか?」
「いいかい、桃花ちゃん。よく見てごらん。」
小さなモニターが頭の近くにある。
胸に冷たい機材を当てられながら、桃花はその先が接続されている画面の示された場所を見た。
規則的に動く拳ほどの大きさのそれは、何の変哲もなさそうに見えた。
「ここを見て。壁に穴があいているのが分かるかい?」
「…穴?」
「そう。小指の先っぽぐらいだけど、小さな黒い影のようなものがあるだろう?これが穴なんだ。」
「これ、ですか?」
「…その壁に穴があいていると言うことは、綺麗な血とそうでない血が混じると言うことなんだよ。」
幼い桃花に分かりやすいように、医師はかみ砕いて説明をする。
「私の心臓は悪いってことですか?」
「まあ、悪いと言えば悪いけど…この程度なら体の負担を考えると、下手に手術をしない方がいいだろうね。」
「ずっと、このまま…ってこと?」
「そうなるかな。」
「でも…そうしたら、また痛い思いをしなきゃいけないの?」
悲しそうに顔を曇らす桃花に、医師も眉を寄せる。
それから背を屈めて膝をつくと、正面から彼女を見た。
「…桃花ちゃんが言う『痛い』は、この穴のせいだとは言い切れないんだ。」
「え?じゃあ…」
「原因は分からない。…ただ、この穴のせいじゃないとも言い切れないんだ。桃花ちゃんは心臓が痛いと言って病院に来たんだよね。」
「はい。」
「桃花ちゃんの話を聞いていると、辛いことが重なったり嫌だなと思ったり…要するに、ストレスが溜まってしまうと痛くなるようだ。」
「ストレス…」
「それならば、溜めないようにできるだけ気楽に毎日を過ごすことがいいと思うよ。僕は心療内科ではないから、ハッキリしたことは言えないけど…」
「そうですか。でも原因が少し分かってよかった!」
安心したように息を吐く桃花に、医師も微笑みを返す。
「心臓に関しては今まで通りで大丈夫だよ。運動も生活も制限は全くないからね。」
「ありがとうございます。」
お大事にと送り出す医師に、桃花はペコリと会釈を返した。
2014.09.15. UP
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夢幻泡沫