
Main
花は輝き月は笑む
03
ニコリと笑ったまま、彼女にズイッと近寄る。
けれど、それは表面上だけの顔だろう。
女子校で育った桃花には、何となく分かる。
人は心の中と違う表情を作ることができる…と。
一瞬でその場の雰囲気が張りつめたのを肌で感じた彼女の喉が、ゴクリと動いた。
「あ…あの…」
「手にしろ足にしろ、使ったことがないんじゃないかってくらい柔らかいよね。」
「や…やわっ、柔らかいなど破廉恥でござるっ!!」
「いいから旦那は黙ってて。肌は白いし髪も綺麗だし、どっかのお姫さん?…の割には妙な着物を着てるけど。持ってる物も見たことないし…お姫さん、名は?」
いつの間にか迷彩の中で、桃花は『お嬢さん』から『お姫さん』に勝手に格上げされている。
先程までの行動は、確認のためだった。
腿の上に乗せたのも。
腰に腕を回したのも。
立ち上がらせるために手を取ったのも。
怖い…
適当にやり過ごすことなど、きっとできないだろう。
桃花の背中に、ゾワリと悪寒が走った。
「…な、まえ…ですか?」
「そう。疚しいことがなければ名乗れるよね?例えばどっかの国から抜け出してきたとか、実は間者です…とか?」
「佐助っ!止さぬか!!」
「やだね。さあさ、お姫さん。早く名を教えてよ。」
「止めろと申しておるのだ!!」
迷彩が掛けてくる重苦しい空気が、桃花の身体から何かを奪っていく。
喉が異様に渇き、足は震え…立っているのが精一杯だった。
目はすぐ近くにいる迷彩に焦点を当てたまま、瞬きすらできない。
そんな彼女を見かねたのか、旦那と呼ばれた赤い人が迷彩の追及を鋭く遮った。
「…大丈夫でござるか?」
「あ…はい。」
「某の忍びが失礼したでござる。」
「いえ…あの…ありがとうございます。」
途切れた雰囲気に、桃花の足も力を失う。
膝から崩れ落ちるようにその場にペタンと座り込んでしまった。
慌てて支えるように手を伸ばしてくれたその人を見て、桃花は唖然とする。
…ライダージャケット、しかも素肌に。
その首にかけているのは…何?
額には鉢巻…え、後ろ髪だけ伸ばしているの?
下半身しかない…鎧?
袴?…の模様が炎だし…。
背中にあるのは三叉の…槍…?
そしてやっぱり全身が赤。
「いかがした?」
動かなくなってしまった桃花に、どこかそわそわしながらも赤い人は掴まるように尚も手を差し伸べてきた。
「え…と、すみません。ここはどこですか?」
「…上田でござるが。」
「上田…?」
上田、上田…
近所にはない地名だし…
「あの、何区ですか?」
「…なにく?」
「…何県ですか?」
「なに…けん?」
聞いた言葉をことごとく鸚鵡返しにされ、桃花はイラッとし始める。
『区』はともかく、『県』を知らないなど考えられない。
日本で教育を受けていれば小学校で習うことなのだから。
けれど目の前の人は至って真面目に、そして本当に分からなさそうに首を傾げるものだから怒るに怒れない。
胸にたまった不快を深く吐き出すと、桃花はもう一度聞いた。
「上田ってどこの上田ですか?」
「上田と言えば信州でござるが…」
「信州の上田…長野県ですかっ!?」
「ながのけん?ここは信州でござる。」
「ですから、長野県でしょう?」
え〜…と困惑に眉を顰める桃花に、赤い人は従者と顔を見合わせた。
「…お姫さん、どこから来たの?」
「東京です…」
「とうきょう…?旦那、聞いたことある?」
「…いや。」
「だよねぇ。俺様も聞いたことないや。」
「は…?」
その言葉に、桃花は思わず二人をマジマジと見た。
日本の首都だよ?
ここから2、3時間あれば着くはずだよね?
何なら日帰りで遊べるよ?
「…あの、申し訳ないですけど…最寄りの駅までの道を教えてくれませんか?」
「駅とは…駅舎でござるか?」
「…駅舎?よく分かりませんが、電車で帰りますので…」
「でんしゃって…何?駅舎に置いてあるのは馬だよ?」
だんだん泣きたくなってきた気持ちを抑えて最低限のことを聞いた桃花に、その上を行く言葉が容赦なく返ってきた。
2014.01.20. UP
← * →
(3/68)
夢幻泡沫