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花は輝き月は笑む

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「…伊達様。」

零れるように出た桃花の声に、睨み合っていた両国はハッと目を向けた。
ゆっくりと起き上がった彼女は、寝間着のまま布団の足元まで下がる。
足を揃えて頭を下げた、いわゆる土下座をした桃花は震える声で告げた。

「そう思われるのでしたら…猫様と飯坂様の死罪をお取り止めください。罰せなくてはならないと仰せでしたら、罪を減じていただきとうございます。」
「…Is it saying that you drank poison?アンタが毒を飲んだと言うことか?」
「いいえ。」
「なら、何で猫と飯坂を庇う?」
「疑わしきは罰せず、という言葉が私の育ったところにはあります。お二方とも毒を盛っていないと言われているのでしたら、死罪はお取り消し下さい。」
「桃殿っ!それは無理と言うものでござる!!毒を盛られた上、疑われたとあっては甲斐と致しても…」
「そうだよ。よりによって、竜の旦那は桃姫ちゃんを疑ったんだよ!?」

何を血迷ったことを…!

幸村と佐助は到底叶うものではないと桃花に詰め寄る。
この結末には甲斐の威信がかかっている。
武田信玄の娘である桃花に、伊達が治める地で毒騒動が起きたのだ。
さらには同盟が成立したばかりの微妙な時期。
彼女の体の心配はもちろんだが、自ら服毒したなど疑われたままで放っておくことはできない。
有耶無耶にしたり、あまつさえ認めさせられたりすれば…
それはつまり武田信玄が、甲斐が、虚仮にされたのと同じということ。
肯定するなど微塵にも考えられない。
二人共、桃花が言ったことを理解できなかった。

「幸村様、佐助さん…伊達のご判断に口を出してはいけません。」
「ですがっ!!」
「…だが、虎のおっさんが納得しないだろうよ。家中にも示しが付かねえ。」
「幸い私はこうして生きていますので、死罪だけは免じていただきとうございます。必要でしたら私から父上に文を書きますので、何卒お取り計らい下さいますようお願い致します。」
「アンタは…それでいいのか?」
「はい。」

真意を確かめようと政宗は桃花を見据えた。
けれど深く下げたままの頭を、彼女は上げようとせずに訴え続ける。
小十郎と成実も困惑したように桃花を見ていたが、声を掛けることは躊躇われた。

「…All right. 明日、虎のおっさんに会いに行く。文を書いておけ。」
「分かりました。」
「病み上がりに邪魔したな。」

静かにそう言うと、伏せたままの桃花に一瞥を投げかけて政宗は部屋を出た。



甲斐に着いた政宗はすぐさま信玄に呼び出された。
一息もつけなかったが、直ぐにでも面会したかったのは政宗も同じこと。
小十郎共々、岳父が待っているという大広間へ向かった。

「虎のおっさん、来てやったぜ。」
「伊達の、か。少し待っておれ。」

呼び出した本人は幸村と佐助を傍らに控えさせ、何やら文を読んでいた。
おそらく桃花が書いた文だろう。
何を書いたかまでは知らない。
彼女はあそこまで言った。
だから中を改める必要はないと政宗は判断した。

「…待たせたのう。して、桃は無事なのか?」
「ああ、しっかりとした口調だったぜ。何ならそこの二人にも聞いてみろよ。」
「そうか、無事で何よりじゃ…」

政宗の言葉にふうっと大きく息を吐き出し、信玄は幸村と佐助に大きく頷いてみせる。

「しかしながらお館様!政宗殿は事もあろうに桃殿を…っ!!」
「甘いぞっ、幸村ぁ!伊達のは桃の婿殿ではあるが…その前に奥州を統べておるのだ!お主も一城を預かる身なら、己が家臣のこともしっかりと考えねばならぬ!!」
「さりとてっ…」
「幸村よっ!お主なら何年も仕えてきた家臣とその日に娶った正室と、どちらを信用するのじゃ!?」
「それは…」
「伊達のがしたことは当主として当然のこと!感情に振りまわされては、大事な時の判断が鈍ってしまうのが分からんかぁああっ!!」
「ぉお館様ああっ!!お館様のお言葉、この幸村感服致し申した!流石はお館様でござるっ!!」
「うむっ!精進せいよ、幸村っ!!」
「お館様っ!!」
「ゅゆ幸村ぁああ!!」
「ぅぅうおお館様ぁあああっ!!」

帰ってきてそうそう始まった殴り愛に、奥州の二人と佐助は溜息をつく。

「今ってさあ…甲斐と奥州にとって大事な時期なんじゃないの?」
「…てめえも苦労するな、猿飛。」
「あは〜。右目の旦那とはうまい酒が飲めそうだよ。」

直視することを避け、佐助は障子戸の向こうを見遣った。

今日ばかりは、どこも壊さないでほしい。
俺様、そろそろ倒れちゃいそうだよ…


2014.10.06. UP




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夢幻泡沫