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花は輝き月は笑む

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「…それで、奥州の存念を聞こうか?」
「猫と飯坂は死罪を申しつけた。…が、桃が減じて欲しいと訴えてな。猫は城を下がらせた上、剃髪して瀧水寺へ預ける。飯坂宗康は城を召し上げた上、伊達成実へ預ける。飯坂には息子がいねえから事実上、飯坂家は断絶だ。」
「相分かった。」
「不満か?」
「…儂に異存はない。伊達の騒動に武田は口を挟むな、と桃からの文じゃ。」

ヒラリと娘からの文を振りながら、信玄は探るような視線を送り付けた。

「文を確かめなんだか?」
「An?桃は毒を盛られたくせに、その疑わしき者の命を助けろと俺に頭を下げたんだぜ。真田幸村と猿にも口出しするなと言っていたし、あいつから虎のおっさんに文を書くと言ったんだ。改める必要はねえだろ?」
「そうか…。」

信玄はふうと息を深く吐き出すと、静かに正面にいる政宗を見据えた。

「伊達の。桃はのう、戦とは無縁で育ったのじゃ。」
「…What?そんなところがこの日の本のどこにあるってんだ?」
「儂も詳しくは知らん。そこは戦のない、努力さえすれば己が望む暮らしを営むことができるらしいぞ。死は身近にあるようなものではないらしい。」
「どこにそんな桃源郷があるんだよ?行ってみたいもんだね。」
「だから、なぜ戦が起こるのか分からないと嘆いておった。現にお主が上田に攻めてきた時、初めて戦を体験したらしくてな。故に人が死ぬことが苦手だ、と。」
「…」
「この乱世で戦を知らんと言うことは、場合によっては子供より弱いこともある。その上、桃は城の暮らしも知らない。言わば赤子同然じゃ。」

…覚えている。
この慈しむ様な眼差しを。
右目を失くし実の母親から疎まれても尚、俺を跡目と認め育ててくれた温かい人物。
偉大な先祖にあやかって、『政宗』の諱を贈ってくれた優しい人物。
自らの命を掛けて、俺の行く手を広げてくれた大きな人物。
…俺の父上も今の虎のおっさんのような眼差しをしていた。

「Let’s go home. 帰るぞ、小十郎。」
「政宗様!?」
「少しはゆっくりしていかんか、伊達の。」
「No, 悪いが帰らせてもらう。城を成実だけに任せておくのは心許ないんでな。」

ニヤリと笑って挨拶もそこそこに、政宗は席を立つ。

「真田、次に会う時こそ決着をつけようぜ?」
「望むところでござるよ、政宗殿。」
「…伊達殿、桃を頼むぞ。」
「今度奥州に遊びに来いよ、信玄公。」

胸の靄が晴れたようなすっきりとした笑みを互いに浮かべる。

お館様っ!桃殿の晴れ姿は、それは見事なものでござりましたぞ!
そうだね〜、三国一の姫をみすみす奥州に渡しちゃうなんて勿体なかったなあ。
流石、儂の娘じゃ!!見たかったのう、桃の花嫁姿を。
政宗様、奥州に戻られましたら執務が待っておりますぞ。お逃げになられませぬよう。
Shit!小十郎、少しは新婚気分てもんを味わわせろよ!
お言葉ではございますが、毎日片付けておればこのようなことにはなりませぬ。
政宗殿、執務からお逃げになるのはよくありませぬぞ。片倉殿も大変にござるな。
真田の旦那、大きな口を叩いて笑ってるけど…旦那も同じだからね。
ぐっ!ぬぅ…佐助は口煩いでござる。
小十郎、てめえもだ。
はっはっはっ、右目も佐助も目が離せぬようじゃ。
大将〜、笑わないで下さいよ…。右目の旦那、今度一杯どう?
…ああ、そうだな。

和やかな雰囲気のまま、一行は城門まで連れ立った。


2014.10.13. UP




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夢幻泡沫