
Main
花は輝き月は笑む
35
政宗の機嫌が悪い。
傍に控えている小十郎達は触らぬ神に祟りなしとばかりに、空気のように存在を薄くしている。
けれど、正面に座った喜多は平然と向かい合っていた。
「喜多、どういうことだ?」
「…何が、でございましょう?」
「とぼけるな。何で桃と会わせねえ!?」
「まあ!会わせないなどとんでもないですわ。そのようなことを、この喜多がするはずもございません。」
大仰に驚いたように喜多は目を大きく開く。
その様子に政宗が軽く舌打ちをすれば、そのような御振る舞いをなさるものではありませぬと説教まで加えてきた。
「なら聞くが、俺が行くと分かっているのに桃は何故いつも寝ているんだ?」
「えっ!梵、まだ床入りを済ませてないの!?」
「Shit!!うるせぇなあ、成は黙ってろ!!」
「そうは言うけど、帰ってきてからどれくらい経ったと思っているのさ!桃姫いつも独り寝なの?可哀想に…桃姫、俺が慰めよっか?」
「成実っ、言葉が過ぎるぞ!!」
「でもさぁ、奥州に来た途端にあんなことがあって…しかも正室なのに梵の手が付いてないなんて。やっぱり可哀想だよ。」
「可哀想なのは俺だろ?その気になって行くのに…いつも喜多に追い返されるんだぜ?」
「…まあ、それはそうだね…。」
頭を掻きながらぼやく政宗に、男性陣はその気持ちは分かると遣る瀬無い目を主に向ける。
「いつもの梵なら部屋に強引に入ると思うけど?」
「成、喜多がいるのには入れると思うか?」
「…政宗様?」
にっこりと笑って己の名を呼ぶ元傅役に初めの勢いはどうしたのか、政宗はあからさまに目を逸らしてNothing…と呟いた。
「ですが、義姉上。政宗様が仰られることが真でしたら、如何なものかと存じ上げます。」
「お前に桃姫様の御心の内が分かるとでも言うのですか、小十郎?」
「はっ、いえ…その…」
「分からないのでしたら、お黙りなさい。」
ピシャリと押さえつける喜多に、小十郎も体を縮込ませて黙る。
「…喜多、桃が何か言っていたのか?」
「いいえ。何も仰られてはおりません。」
「なら、アンタも分からねえんだろ?小十郎のことをとやかくは言えねぇよな?」
「まあ、可愛気のございませんこと!桃姫様は何も仰られていませんけれど、恐れながら推察することはできます。政宗様は病み上がりの桃姫様を疑われたとか。」
「…ああ。」
「それは当然のことにございましょう。けれど、桃姫様は御輿入れなされたばかりです。右も左も分からない状態でお倒れになられた上に、唯一頼りになされていたかもしれない政宗様に疑われては…。いいですか、政宗様!女子と言うものは、男が考えるより繊細なものですのよ。」
床をダンと叩いて喜多は尚も言い募る。
「政宗様は、御体は立派な男となられましたな。けれど、御心は未だに成長されていらっしゃらないようです。伊達男が聞いて呆れますわ。まずは日が高いうちに桃姫様をお訪ねになって、御心を通わせるべきではありませんか?」
「…I see.」
「寂しい思いをされている桃姫様を慰め、寄り添うのです。共に過ごせば、桃姫様とて政宗様のお越しを待ち侘びられると言うもの。それを政宗様は…」
「あ〜、喜多。もうそのぐらいで…」
「成実殿はお黙り下さい。政宗様、御存知でしょうか?桃姫様は私達に用をあまり言いつけられません。御自分で何もかもをしようとなされるのです。きっと毒の件で参ってしまわれたのでしょう。一人にしてくれ、と口癖のように仰られるのですよ。頼る人はなく、訪ねる人もなく…」
「義姉上、そろそろ…」
「小十郎も黙らっしゃい!!喜多は涙が出て参ります、あまりに桃姫様がお可哀想で…。こういう時こそ、日頃小十郎や執務から逃げおおせる足の素早さを生かすべきなのではありませんか!?」
「…義姉上、仰られていることが…その、段々と支離滅裂に…」
「綱元殿も口を挟まないでいただきたい。桃姫様にお会いしたいのでしたら、されるべきことをさっさと済ませ堂々といらしたらいいのです。桃姫様が寝ていらっしゃるから会えないなど、情けないことを申されますな!」
「Oh…」
よろしいですね!と鼻息荒く話を打ち切ると、それまでとは打って変わって慇懃に頭を下げて部屋を出ていった。
嵐が去った後の疲労感が四人を襲う。
誰もが深く息を吐き出し、主従の垣根を超えて姿勢を崩し労わりの目を向け合った。
「…今日は一段と恐ろしかったね。梵も最初の勢いはどうしちゃったのよ?」
「うるせえ…。喜多に勝てる奴がいるなら連れてこい。アイツを見ていると、女が繊細だとは思えねぇよ。」
「申し訳ありません、政宗様…」
「Don’t apologize. 余計に疲れるだろ。」
パタパタと扇を仰いで政宗は喜多が出ていった後をぼんやりと目で追った。
「…それにしても、あれだけ喜多を誑し込むとはな。」
「政宗様、お控え下さりませ。」
「間違ってねえだろ?」
「俺、言ったよね?『後は梵の努力次第だ』って。」
「なら、てめえが小十郎と喜多を押さえておけよ。」
「あ、それ無理だから!」
途端に逃げ腰になる成実とじろりと視線を寄こしてくる小十郎に、政宗はまた一つ溜息をつくのだった。
2014.10.27. UP
← * →
(35/68)
夢幻泡沫