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花は輝き月は笑む

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「桃姫様、御庭を散策されてはいかがですか?」
「お庭、ですか…?」

桃花はゆっくりと部屋から見える外の景色に目を移す。
この世界に来てから早数ヶ月。
青々とした葉を付けていた木々は、その色を赤く変えていた。
奥州の夏は短い。
嫁いだ時は太陽に負けじと輝いていた景色も、気付けば段々と寂しくなっている。

「…そうですね。お散歩しましょうか。」
「畏まりました。用意をして参りますので、お待ち下さいませ。」

にっこりと微笑んで、喜多は草履を取りに席を立った。
部屋から濡縁に向かい、差し出された草履を履く。
喜多が履かせようとしたが、そこは自分で履くと桃花は譲らなかった。
一人で行ってもいいでしょうかと聞けば、承諾はもらえるはずもなく。
せめて喜多さんだけでと頼み、他の侍女は遠慮してもらった。
周りの景色を楽しみながら、案内されるままに庭の奥へと足を進める。
池には朱塗りの小さな橋がかかっていて、鯉がのんびりと泳いでいた。
色付く樹木、咲き誇る菊の群生、吹く風はすっかり肌寒いものになっている。
築山だろうか、少し登ったそこから見る景色は正に日本だった。

「…綺麗…」
「勿体ないお言葉にございます。」
「喜多さん、少しの間でいいので一人にしてくれませんか?」
「またそのようなことを。」

そう言って溜息をついた喜多だったが、予測済みだと言わんばかりに笑みを浮かべる。

「床几を取って参りますので、ここでお待ち下さいませ。」
「…ありがとうございます。」

喜多の心配りに頭を下げて礼を言えば、そのようなことをなさらないで下さいと窘められる。
己の部屋に取りに戻る侍女頭を見送って、桃花はもう一度辺りを見渡した。



紅葉に彩られる庭は通っていた学校を思い出させる。
幼稚園から大学院まで兼ね備えた広い敷地にはたくさんの自然があって、四季折々の景色がそれはそれは見事だった。
桜の大木に囲まれた擂鉢状の大きな校庭。
青く繁る中で休めるカフェテラス。
金色に輝く銀杏並木の大通り。
雪によく合う昔ながらの校舎。
制服も創立以来変わらないもので、時代から取り残された感じではあったが正統そのもの。
そして、代々受け継がれている伝統の踊り。
高校3年生が体育祭で踊る、扇を使った群舞。
総勢300人近くの一糸乱れぬ扇裁きは有名で、これを踊りたいが為に難関の入試を突破する生徒もいるほどだった。
緑交じりの赤や黄の中で伝統の制服を着て踊るそれは、学校の誇りであり最高学年の誇りでもある。
歴代の群舞の中でも傑作のものは何十年と語り草になっている。
どの世代もそれらを目指し、越えようと努力を重ねて臨むのだ。
桃花も4月になって直ぐに授業で踊り始めた。
見た目の優雅さとは裏腹に運動量が多く、何度も失敗をして先生にも檄を飛ばされた。
友人と自主的に集まって練習もし、学年が一体となってその日に向かって励んでいた。

…本来なら、そろそろ体育祭の日。
私も制服を着て、300人のうちの一人として踊っていたはず。
先輩方の踊りを何年も見てきて、とても楽しみにしていたのに…。

腰に差してあった扇をパチリパチリと弄びながら、桃花は思い出に耽る。
頭の中では踊るはずだった曲が流れ出し、それにつられる様に体が自然と動き始めた。


2014.11.03. UP




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夢幻泡沫