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花は輝き月は笑む
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桃に見せたいものがある、と政宗は先触れを出した。
ところが返ってきた返事は、桃姫様は御部屋にはいらっしゃいませぬとのこと。
小十郎をつき従え部屋に入った政宗は、濡縁に座る喜多を見つけた。
「喜多、そんなところで何をやっているんだ?」
「あら、政宗様。如何致しましたか?」
「如何したじゃねえよ。先触れを出したら桃は部屋に居ねえと返ってきたんでな。どこにいる?」
「桃姫様でしたら御庭でございますよ。散策されては如何でしょうか、とお誘い申し上げました。」
「I see. で、何でアンタはここに居る?」
「桃姫様におかれましては、築山からの眺めがお気に召したようでございます。それ故、床几をお持ちしようと戻って参りました。」
傍らに置いてある床几に視線を向けながら、喜多は政宗ににこやかに笑いかける。
「それで、桃姫様に何か御用でもございましたでしょうか?」
「ああ。珍しい物が手に入ったんだ。桃にやろうと思ったんだが…」
「小十郎が手にしている物ですか?」
「Yes.」
「それでしたら、政宗様も御一緒に散策されては如何でしょうか?ねえ、小十郎?」
「はっ。ただ今草履をお持ちいたします。」
長年を共にしてきたものだけに分かるぐらいの微妙な変わりようだが、嬉しそうな声で小十郎は応えると政宗に持っていた小さな壺を渡して草履を取りに行く。
すぐさま用意されたものを突っ掛け、喜多を先頭に築山に向かった。
「桃は普段何をしているんだ?」
「まあ、政宗様!そのようなことも御存知ありませんの!?」
「Oops…」
しまった、と思ってももう遅い。
喜多の目が据わり猛攻撃の準備が整ってしまったのを見て、己の腹心に助けろと視線を流す。
その先にはまるで彼自身が失敗したかのような顔をする小十郎がいた。
苦い表情になりそっと視線を外せば、刺すような、縋るような視線を容赦なく送られてくる。
奥州の右目の頭痛の種が一気に増えてしまった。
私は知りませんとばかりに小さく首を振って我関せずの態度を取る。
後で覚えてろよと政宗はそんな小十郎を恨みがましく睨んだ。
止まることのない元傅役の小言にAh〜だのOh…だの言葉にならずに答えていれば、少し先に築山が見えてくる。
そこに我が妻を見つけて政宗は思わず立ち止まった。
桃花が持ってきた打掛はやはり武田の色である赤系が多く、今も甚三紅を羽織っている。
質実剛健の武田らしく控えめな柄が配されたそれは、庭と一体になってこのまま融けていきそうな気配さえした。
何より、その舞に目が奪われる。
音のない中、ゆったりと動く身体。
扇を扱うしなやかな手。
真っ直ぐに前を見る視線。
伏せられた憂い顔。
そして、静と動の見事な切り替え。
…Amazing.
アンタは何度、俺の目を奪えば気が済むんだ?
「…見たことのねえ舞だな。」
「ですが…何と嫋な舞でございましょう。」
「お見事にございますな。」
「Han…桃が舞えるなんて知らなかったぜ。」
「私も初めて目に致しました。ほんに美しゅうございますこと…」
茫然と見ている三人には、桃花の姿はどう映っているのだろうか…。
ひらり、くるりと打掛を翻して踊っていた彼女は、終わってしまうと辛そうに顔を歪める。
じわりと熱くなりぼやける視界を、何度も瞬きをすることで誤魔化した。
…伊達では泣かないと決めたのだ。
甲斐へは戻れない。
助けてくれる人もいない。
本当に還りたい場所へも…
ここで涙を流してしまえば、きっと心が折れてしまう…。
ギュっと目を瞑って息を押し殺し、脆弱な気持ちを晴らす為に深呼吸を何度か繰り返す。
近くにある楓を枝ごと引き寄せると、独特の侘びしさが身に沁みた。
このまま桃花が消えてしまいそうな焦燥感が政宗を襲う。
思わず駆け出し、大きく名を呼ぼうとした。
が、口を開けたところでピタリと動きが止まる。
聞き慣れない音が耳に入ってきた。
「…歌、か?」
「それにしては…その、随分と…失礼ながら、珍妙な節でございますな。」
「小十郎!そのような物言い…」
「Be quiet. 喜多、静かにしろ。」
「…失礼致しました。」
じっと食い入るように見つめる政宗に、喜多と小十郎もその視線の先を見る。
細く秘めやかに紡がれるものは、間違いなく桃花の口からで。
「…何と胸のつまる御声でございましょう。」
「桃姫様は良き声もお持ちなのですな。」
頷き合う義姉弟を横目に、政宗はその内容に目を細める。
…父上を思い出す。
幼き頃、俺を忌み嫌った母上の分まで父上は愛しんでくれた。
共に笑い、共に語り、俺を導いて下さった。
お前は天下を取る器だ、と豪快に笑う姿が瞼の裏に甦る。
そう、俺は天下を取るんだ!
軽くなった心を弾ませながら、政宗は桃花のそばへ歩み寄った。
2014.11.10. UP
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夢幻泡沫