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花は輝き月は笑む

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奥州の覇者は若い。
戦場においても自ら先頭に立ってしまうほど血気盛んであり、荒々しい蒼の軍団を纏めあげるだけの器を持っている。
そんな彼にとって執務と言うのは退屈そのものなのだ。
国をより良くするためには戦に明け暮れる訳にはいかない。
内政に力を注がなくてはならないことも身にしみている。
分かっている、それは嫌というほど分かっている。
だが…
ただひたすら机の前で眠くなるような書類に一日中目を通す作業をしろ、と言うのは勘弁してくれと思ってしまう。

俺には無理だ。

勝手に結論付けると、拘束されている部屋に恐ろしい目付がいない隙を見て部屋から抜け出した。
向かうは先日来、少しずつ共に過ごすようになった正室のところ。
まだまだ己に対して心を開いていないのは感じ取っている。
けれど、作った笑みでも向けられれば悪い気はしない。

早く本物の笑みを見たい、とは思うがな。

ニヤつく顔を押さえることなく桃花の部屋へ足を運べば、控えの間で喜多が着物の整理をしていた。

「Hey, 喜多。桃に締め出されたのか?」
「おや、政宗様。先触れもなくお渡りとは。さては、小十郎の目でも盗んできましたか?」
「…It was said that you needed to slip out.
「政宗様の仰られていることが分かりかねますが。」
「何でもねえ。」

微笑みながらもしっかりと逆らえない雰囲気を醸し出す喜多に、政宗は居心地悪そうに頭を掻く。

「Ah〜、それは桃の着物か?」
「はい。冬に向け何が入用か知りたいようでしたので、ある物を確認しております。」
「そうか、必要なものは何でも誂えろ。ケチくせえことするなよ?」
「ありがたき御言葉でございます。その御言葉、桃姫様に直にお伝え願えますか?私が申し上げるよりも、政宗様が仰られる方が姫様もお聞きになると思います。」
「I see. で?その桃はいるのか?」
「いらっしゃいます。御箏の音が聴こえてきませんか?」
「…」

襖の向こうから聞こえてくるのは、確かに箏の音。
桃花が爪弾いているのだろう。
けれど…

「…調子、外してねえか?」

思わず喜多に確かめたくなるような音が、いくつも聴こえてくる。
政宗が何とも言えない表情でそちらの方に顔を向けていれば、喜多はおかしさを堪えるように口元に手を当てた。

「私も初めはそう感じておりました。けれど、不思議なものですね。聴き慣れてしまえば、極普通の音に聴こえてくるのです。」

細い音がポツリ、ポツリ…と聴こえてくる。
閉められた襖の向こうにいる主を見ながら、喜多はその正体を思い浮かべた。
初めて目にした時は驚いたものだが、桃花が甲斐から持ってきた琴は弦が二十一本もあった。
さらに、等間隔で色が付いた弦があったのだ。

「父上に頼んで特別に作ったいただいた物です。弦の本数や色が違う以外は他の物と同じですよ。」

目を丸くする喜多に、桃花はそう説明をした。

「御箏をなさる時と書き物をされる時は、一人にして欲しいと切に願われていましたので。その時はこちらに控えております。」
「…Well, 出直すか。」

つまらなさそうに踵を返す政宗を、喜多は大丈夫ですよと止める。

「桃姫様、政宗様がお越しです。開けてもよろしゅうございますか?」
「…片付けますので、少し待っていただけますか?」
「そのままでいい、入るぞ。」

一声かけて、政宗は襖を開けた。


2014.12.01. UP




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夢幻泡沫