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花は輝き月は笑む
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「えっ?」
政宗の何気ない一言に、珍しく桃花が食いついた。
「まあ、それはよい案でございますな。桃姫様、政宗様にお願いされては如何でございましょう?」
「あの、でも…一般的な箏を持っていませんし…」
「それぐらい直ぐに用意できるだろ?なあ、喜多?」
「勿論にございます。」
「でも…」
「何だよ、手ほどきは必要ねえか?」
折角よい案だと思って提示した己の考えに、妻が煮え切らない。
その程度で不機嫌になるような政宗ではなかったが、少しだけ気分を害したような素振りをして見せた。
すると案の定、桃花が困ったように忙しなく視線を彷徨わせる。
ああ、桃がどんな反応を示すかだいぶ分かってきた。
愛され可愛がられ、素直に育ったんだろう。
敵意がない中で、好意だけに囲まれ無垢に育ったんだろう。
己と余りにも違った環境が容易に想像でき、政宗の胸がチリチリと燻ぶる。
…She is unrealistic.
そんなんじゃ、この戦国の世は生き抜けない。
まあ、外敵に晒すつもりもねぇが。
俺が守ってやるよ、覚悟しな。
年齢以上に幼い反応を示す存在を、心の中でクツクツと笑いながらじっと見る。
「…必要ねえのか?」
口調だけは不機嫌さを醸し出して重ねて聞けば、桃花は恐る恐る口を開いた。
「…受けとうございます。」
「そうか。それなら初めっから素直に言えばいいんだよ。」
「申し訳ありません…」
「喜多、早速箏の手配だ。それから箏の上手い奴も探せ。」
「畏まりました。」
一転して上機嫌になった政宗に、桃花はホッと息をつく。
政宗の一連の行動などお見通しだったのだろう、喜多はクスクスと笑いを零しながら部屋を出ていった。
「…ありがとうございます、伊達様。」
「It’s my pleasure. 礼には及ばねえよ。だが…そうだな、折角礼をくれるって言うなら…」
ニヤリと笑うと音もなく政宗は立ち上がった。
そして実に優雅な物腰で桃花に近づく。
「…こっちの方が、俺としては嬉しい。」
次に聞こえてきた声は、彼女のすぐ傍だった。
焦点が合わない程の目の前に、端麗な顔がある。
茫然としている桃花の唇を政宗の親指がなぞった。
そのゾクリとする感触の前に感じたのは、柔らかく温かいもので…
「…伊、達…様…」
「礼をするなら、アンタの夫君はこういうのがお望みだ。覚えておけよ、you see?」
力が抜けたように座り込む桃花の手を持ち上げると、彼女の目を見たまま甲に口付けた。
途端、握っている手が熱を帯びる。
驚きで零れんばかりに目を見開く桃花の口から出てきたのは、言葉にならない叫びだった。
「…っ…なっ…」
「Ha. 顔が真っ赤だぜ?」
「それは伊達様がっ…!」
「でけえ声も出せるんだな。そういう桃もなかなかいい。」
伊達男の名に恥じぬ綺麗な笑いを浮かべ、政宗は桃花の頬に手を添える。
混乱する頭に追い打ちをかけられ動くことのできない彼女の両瞳に、政宗は己の顔をジッと焼きつけるように映した。
「アンタにとって何時まで俺は『伊達様』なんだ?俺は桃に『伊達様』なんて呼ばれたくねえ。…Call me Masamune.」
願うように切なく響く声が桃花の心を駆け巡る。
視線を逸らすことができない。
息もうまく吸えているかどうか…
瞬きすらできない彼女の唇にもう一度己の唇で触れると、政宗はゆっくりと己が妻の部屋を出た。
2014.12.15. UP
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夢幻泡沫