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花は輝き月は笑む

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「側室の子達、ケンカ売る相手を間違ったね。恥かかせようとした相手が己より格段に腕が上で、しかも御正室様。」
「ああ、あいつ等の親父共の顔を見りゃ分かる。見ろよ、面白えくらいに青ざめてるぞ。」

政宗がクイッと顎をしゃくり成実に示す通り、桃花のピアノを堪能している家臣達の中で顔色が悪いまま側室の方に目を向ける人がいる。
チラリチラリと上座を盗み見るのは、主君の様子を窺っているのだろう。

「ホント桃姫ってば最高!こんなに惚れ惚れしちゃうような一面を隠し持ってるなんてさ!流石、天下を狙う竜が選んだ女だよ!!」
「桃は一体…」
「それで?どうするの?」
「あ?俺の前で正室に喧嘩を売ったんだ。手討ちになっても文句は言わせねえよ。」
「するの?」
「…桃次第だな。後はあの親父共が何と言ってくるか、だ。」

少し間を置いて答えた政宗の言葉に成実は目を丸くした。
以前なら考えるまでもなくそれなりの処罰を下していたはずだ。
コソコソと小十郎の傍へ移動すると、成実はそっと耳打ちをする。

「…梵、変わったね。」
「…いいことではないか。」
「まあね。桃姫が梵に嫁いでくれてよかった。」
「ああ…。この件に関しては政宗様から御指示があるまで何もしなくていいだろう。」
「おっけー。」

手元にあった酒をグイッと飲みほして、成実は小十郎にニッと笑いかけた。



緩む頬や口元を抑えきれない。
桃花は自室に置かれたピアノにそっと手を触れる。
磨き抜かれた黒い光沢に蝋燭の光が揺らめく。
未だに信じられない。
ピアノがこの世界に、奥州にあることが。
もう一度、己が手で弾けたと言うことが。
付属の椅子に座って蓋を撫でていると、襖の開く音が聞こえた。
ゆるりと振り返ってみると、政宗が開けた襖に凭れかかりながら桃花を見つめている。

「見事な腕だったな。」
「…あの…」
「習っていたのか?」
「はい。ですが、私などの腕で『見事』と言われましても困ります。」
「Ah?どういうことだ?」
「私程度は道楽の範囲でございます。ピアノで名を上げる世界では、まだまだ幼子同然ですよ。」
「Really!?…奥が深ぇな。」
「ええ、本当に。」

政宗は驚いた顔で部屋に入ってくると、座っている桃花の後ろに立った。
薄暗い中でピアノに映し出される政宗のぼんやりとした姿がいやに艶めかしい。
腕を伸ばして同じように蓋を触る夫君の姿勢に、後ろから抱き締められているようで胸が弾む。
桃花はドギマギしながら答えた。

「どれくらい習っていたんだ?」
「…十数年でしょうか?幼き頃から習っていました。」
「それでもまだまだだって言うのか。信じられねえ…」
「大成することを目的としていましたのなら、また違っていたのでしょうが…私は道楽として習っていましたので。」
「何にせよ、これまでで一番驚いた。」
「私の方が驚きました。ピアノがここにあるなど…」
「そうだ。そんな珍しいもんを弾きこなすアンタは一体何者なんだ?」
「…っ、それ…は…」

グッと真剣な顔で探るような目を向ける政宗に、桃花の表情が固まる。

…言えない。
全く異なる世界から来ただなんて。
伊達様に出自は言いたくない。
理解してもらえるとは思えない。
信じてもらえるはずがない。

俯いてしまった桃花に悟られないように、政宗は一つ息を吐く。

桃は何かを隠している。
…いや、言えないのか。
虎のおっさんに止められているのか、桃自身がそうしているのかは分からないが。
いつになったら俺を受け入れるのだろう?
いつになったら…身も心も俺に委ねるのだろう?

あまり余裕のない己の心を押し込めて、政宗は桃花の頬に手を添えた。

「…まあ、いい。今はこの俺の正室だからな。」
「伊達様…」
「それに虎のおっさんが言ってたぜ?桃は戦のないところで育ったと。」
「あ…はい。」
「そんな国がこの日の本にあるとは思えないがな。あるとすれば、そこは桃源郷だな。桃源郷ならば、桃が行儀作法もしきたりも常識も知らねえのが納得できる。南蛮のものに詳しいことも、な。」
「…」
「桃源郷の桃姫様か。アンタ、実は天女だったりしてな。」
「そんなことっ…」
「俺からのお年玉は気に入ったか?」

急に話題を変えてニッと笑いながら顔を近づけてくる政宗の言葉に、一瞬だけ驚いた瞳をした後で桃花は恐る恐る己が殿に尋ねた。

「…このピアノを…私に?」
「That's right. アンタのものだ。」
「ずっと…?」
「無粋なことを聞くなよ。」
「…本当、に…?」
「お気に召されたか?」

おどけるような口ぶりの政宗にピアノを凝視した後、桃花は頬に添えられた彼の手を両手でぎゅうと握りしめた。

「…嬉しいです!ありがとうございます!!」

初めて聞く弾んだ声。
初めて見る心からの笑顔。
初めて感じる我が妻からの温もり。
それらがあまりにも明るくて、綺麗で…熱い。
政宗はバッと顔を背けるとそりゃよかったと小さく呟くしかできなかった。


2015.01.26. UP




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夢幻泡沫