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花は輝き月は笑む

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「で?何でそこから閨に持ち込まないかなあ!?」
「…」
「体、健康ですか〜?梵ちゃん、男ですか〜?」
「Shut up!!」

正月の顛末を従兄から無理矢理聞き出した成実は大層な溜息をついた。
主君に対してこれだけくだけながら率直な意見を口にできるのは、おそらく彼だけだろう。
成実の隣を歩く小十郎は口を挟まないものの、その表情でもって成実を擁護している。
政宗はチッと舌打ちをするとガシガシと頭を掻いた。
彼等の言いたいことは分かる。
今までだったら間違いなくそうしていたであろう。
だがあの時の桃花の笑顔は、そういう気すら起こさせないような綺麗さだった。
本当の笑顔を見せた彼女にそれだけで満足してしまった。
この独眼竜が…と自嘲を浮かべながら政宗は桃花の部屋の方を振り返る。

「ちょっと!梵、聞いてる!?桃姫が嫁いでもう半年以上経つんだよ?未だに手を出さないってあり得ないんですけど!?」
「うるせえっ!こっちにもいろいろ事情があるんだよ…」
「事情って何!?梵は奥州筆頭なんだからね!伊達家頭領なんだからね!!世継なしとかダメだからね!!」

次々と言葉を重ねてくる成実の頭に拳を思い切り落として、政宗は雪がすっかり溶けた庭を歩く。
淡く色付いた桜の花が満開で、見事な日本庭園によく映えていた。

「政宗様、憚りながらこの小十郎も成実殿と同じ考えにございます。御側室様方が城を出られたのですから、これからは桃姫様お一人に家臣達の期待が向けられます。御正室様よりお生まれになれば、間違いなく政宗様の後をお継ぎになる御子。いつまでも形ばかり、とはいかぬものでございます。」

そう、若き奥州筆頭の傍に侍るのは桃花のみ。
小十郎が言ったように側室達は城を去った。
あの宴の後で、彼女達の父親が青ざめた顔で政宗に謁見を願い出た。
申し開きはしない。
ただ叶うならば娘を里に下ろしたい、と。
正直、政宗はそれで済まそうとは思わなかった。
一目惚れして手に入れ、ようやく奥州にも政宗にも心を開き始めた桃花を傷つけようとしたのだ。
政宗自身もひとかたならぬ想いを抱いている。
手討ちまではいかないにしろ、同等の処罰は甘んじて受けるべきだ。
そう考えていた。
だが桃花のあの笑顔を思い出し、彼女が諍いを好まないのを思い出し、父親らの申し出を受け入れた。
娘及びその子供等と伊達は一切関わりを持たない、と固く誓わせて。
もうずっと側室と夜を過ごしていなかったが、これで万が一にも側室の腹に子を生していても政宗は認知しなくていい。
そして、のちのち家督騒動が起きる心配もない。
桃花に過度な期待が向いてしまうであろうが、室は彼女だけでいい。
ふうと息を吐き出しても白くはならない。
季節の変わりが己の夫婦関係を表しているようで、政宗の口の端が上がった。
そのまま庭を歩けば、たった今話題に上っている桃花が一際見事な桜の下に座っているのが見える。
彼女は胸の前で手を合わせ、目を閉じていた。
政宗の鼻孔をくすぐるのは幼少の頃より良く知る供香の香り。
己の妻がなぜそのようなことをしているのか。
政宗は桃花が目を開けるのを待って声をかけた。


2015.02.02. UP




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夢幻泡沫