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花は輝き月は笑む

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「…何かあったのか?」
「…伊達様。お許しも得ずに申し訳ありません。」
「いや、どうしたんだ?」
「祖母が亡くなったのです。」

桃花の言葉に、政宗の眉がわずかに寄る。
それを見て桃花は慌てた様子で付け足した。

「一年前のことです。その日も今日のように桜が満開で、この見事な桜を眺めていたら思い出したのです。喜多さんにお願いして根元に手向けさせて頂きました。」
「Ah, お婆様の廟を立てるか?」
「いえ、お墓がありますので結構でございます。お気遣い、ありがとうございます。ただ…」

遠くを見るように桜を見上げながら桃花はふと微笑む。
その様子があまりに弱々しく、政宗は思わず手を伸ばす。
胸にかかるしなやかに流れた髪を一房掬えば、桃花は髪に誘導される様に政宗を見た。

「…ただ?」
「時々で構いませんので、こうして手向けさせていただければ…と願います。」
「ああ、気にすんな。桃の好きなようにしろ。」
「ありがとうございます。」

深々と頭を下げた桃花に逆らうことなく、彼女の艶やかな髪が政宗の手からするりと落ちる。
急に冷たく感じる手を一瞥した後、政宗は桃花が座っていた位置にしゃがみ込み徐に手を合わせた。
さあっと風が吹き、薄く色付いた花びらが舞う。
ひらひらと舞ったそれらは政宗に降り注ぐように流れた。

初めまして、桃花の祖母です。
あなたが桃花の心に色を付けてくれた旦那様ですね。
孫を受け入れて頂きありがとうございます。
不束な彼女ですが、どうか可愛がってやって下さい。

桃花には、まるで己の祖母が挨拶をしているように思えた。
忙しい両親に代わりに育ててくれたのは、最期まで己を愛してくれたこの祖母だった。

「…ありがとうございます。」

立ちあがった政宗に桃花が嬉しそうに礼を言う。

「どんなお婆様だったんだ?」
「かわいい祖母でした。いくつになっても新しいものに挑戦するような人でした。」
「何故亡くなった?」
「…寿命だと思います。あと数年で百を迎えましたので。」
「Oh, 大往生だな。」
「ええ…」

そっと瞳を伏せた桃花に政宗が寄り添う。
そのやり取りをずっとそばで見ていた小十郎や喜多達は、二人きりにしようかと目配せをしあう。
彼らの動きに桃花が視線を動かすと、隣にいる政宗の髪に桜の花びらがついているのが目に入った。
おそらく、先程の花吹雪の名残であろう。
桃花は何気なく手を伸ばした。
単にその花びらを取ろうとしたにすぎない。
けれど、彼女の手が夫の髪に届くことはなかった。
バシンという乾いた音と共に、左手に予想もしていなかった痛みが走る。
払い除けられた桃花は目を大きくしたまま政宗を呆然と見た。
当の政宗は表情を険しくして桃花に鋭い眼差しを向ける。

「梵!?」
「政宗様!」

成実達も驚いて声を上げた。

「アンタ…今、何をしようとした?」

低く唸るような声で政宗は彼女の行為を咎める。
当の本人は何が起こったか分からないとばかりに、瞬きもできずに前に立つ夫君から目を逸らせなかった。
嫌な沈黙がその場に広がる。
コクリと誰かの喉が動く音すら大きく聞こえてきた。


2015.02.09. UP




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夢幻泡沫