Main



花は輝き月は笑む

50



時間が止まってしまったのではと錯覚させるほど固まってしまった空気を崩したのは、表情を殺した桃花の静かな声だった。

「…差し出がましい真似を致してしまい、申し訳ありませんでした。部屋へ戻ります。」

桃花はゆっくりと頭を下げると喜多を促し、何か言い募ろうとする小十郎や成実を避けるようにその場を辞した。

「桃姫様…」

足早に歩く桃花に、喜多が躊躇いがちに声をかける。
それに振り向いた桃花は弱々しい笑みを見せた。

「…申し訳ありませんでした。奥州の皆様が優しくて、このお城が温かくて忘れていました。私がこちらへ来た理由を…」
「桃姫様っ!!」
「桜の花びらを取ろうとしたつもりだけでしたが、立場もわきまえずに無礼なことをしてしまいました。」
「そのようなこと…」
「今は私の顔を見ても気分を害されるだけでしょうから、喜多さんから伊達様にお詫び申し上げて頂けませんか?」
「先程の政宗様のお振る舞いなど、気になされますな。この喜多が政宗様にきつくお灸を据えておきましょう。」
「いえ、ただ私がお詫びしていたと伝えて下さるだけでお願いします。それが終わりましたら今日はもう下がってください。…少し一人になりたいです。」
「畏まりました。では、御夕餉までは…」
「いえ。褥も一人で用意できますので、今日はもう何も…。お願いします。」

静かに笑う桃花の譲らない言動に、喜多は深く息を吐き出すと頭を下げて来た道を引き返した。



彼女達から離れたところでは、桃花の去っていく背中を不本意そうに見送りながら小十郎が低い声で政宗に訊ねていた。

「どういうおつもりでございましょうか?」
「黙れ、小十郎!アイツ…俺の右に手を出すとはいい度胸だ!!」
「お言葉ながら…小十郎には、桃姫様が政宗様の髪についている花びらを取ろうとしたように見受けられましたが?」
「Ah?」
「俺にもそう見えたよ。桃姫、そんなことするような子じゃないでしょ!?」

そう口々に言われて訝しみながらも政宗が髪を梳いてみると、はらりと薄い花びらが視界を落ちていく。

「…」
「あ〜あ…どうするの、梵?桃姫、可哀想に。」
「Damn it…」
「政宗様。」
「…何だよ。」

明らかにバツの悪そうな顔をする若き主君を、小十郎は静かに諭した。

「何を言われるか理解されているようですから、小十郎からは何も申しません。ですが…此度の件はお味方致しかねます。」

そう言って城の奥に目を向ける小十郎の先からただならぬものが流れてくる。
ゲッと顔を歪めた政宗に追い打ちをかけるように成実も小十郎に賛同した。

「俺も。梵の味方はできないな〜。喜多に怒られるといいよ。」

分かりやすく従兄の退路を遮って意地悪く笑う成実に、出来ることなら六爪を見舞いたい。
けれど、それよりも早く鬼も恐れる形相が己の名前をはっきりと呼んだのだった。


2015.02.16. UP




(50/68)


夢幻泡沫