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花は輝き月は笑む
51
桃花の部屋まで来たはいいものの、どう切り出せばいいか思案に暮れる。
昼間の一件は完全に政宗の勘違いだった。
いつもは何だかんだ言っても味方となる小十郎や成実までも、引き返して来た元傅役と共に説教する側に回り誰一人として助けてくれる者はいなかった。
最後までくどくどと説かれぐったりとした頭を捻っても、良い案など浮かびもしない。
政宗は様子を窺うように襖を開けた。
褥が敷かれた室内に、桃花は既に眠ってしまったのかと肩を落とす。
けれど御衣が足元にあたる部分に畳まれており、人のいる気配もない。
どこか後ろめたい気持ちながら部屋に入ってみると、濡縁に面した障子戸が不自然に開いていた。
疑問に思ってそちらの方へ行けば、肌寒い中で桃花がぼんやりと座っていた。
暗い空に己の鍬形と同じ三日月が陣取っている。
薄ぼんやりとした光に浮き上がる寝間着姿の桃花が酷く艶めかしかった。
「…Ah, 桃。」
政宗は頭を掻きながらなるべく驚かさない様に静かに声をかけた。
それでもビクリと肩を動かし恐る恐る振り返った桃花の顔は、このところずっと見ることができた穏やかなものではない。
不安や恐怖と言うよりも、感情を押し殺した借り物の猫のような壁のあるものだった。
まるで初めて会った時のような、初めて奥州に来た頃のような…。
政宗の顔が思わず厳しくなるが、舌打ちしたい気持ちをグッと堪えて桃花の隣に座った。
座ったまま政宗は何も話さない。
桃花にはその沈黙が痛かった。
初めの頃のように、距離を取らざるを得なくなってしまうの?
ようやく彼と近づけたと思ったのに…。
何より、今は政宗と過ごす時間が心地よいと感じているのだ。
そこにいるだけで自然と目が引き寄せられてしまう我が君。
奥州を束ね大きくするだけの器と度量を持っているだけでなく、己に対しても細かく気を配ってくれる。
打掛やピアノ等がいい例ではないか。
武田の色の着物を多く持ってきた桃花に、政宗は伊達の色のそれらを十二分に用意した。
合わせて帯や簪も。
しかもそれは彼個人の懐から出したのだとか。
そしてあのピアノ。
桃花にとってはこの上ない贈り物だ。
弾いている間は己の存在をしかと確かめられる。
桃花が桃花で居られる、心安らぐ大切なもの。
とんでもない額であろう珍品を、政宗は何気なく交わしていた会話に絡めてくれたのだ。
言葉にならない。
考えなくても分かる。
惹かれているのだ、政宗に。
異性として、一人の人間として…。
それなのに、己は政宗を怒らせてしまった。
隣にいる彼は相変わらず黙ったまま。
どうすればいいのか分からず、泣きたい気分になる。
やがて、沈黙に耐えきれずに恐々と桃花が口を開いた。
「…昼間は立場をわきまえず…出過ぎた真似をしてしまって、申し訳ありませんでした。」
ともすれば消えそうな小ささで謝罪した桃花の言葉に、政宗は驚いたように彼女を見た後で眉を顰めた。
「…No, 桃が謝ることじゃねえだろ?」
「いえ…」
「勘違いした。眼帯を徒に取られるかと思った。」
「そのようなこと…」
困ったように視線を彷徨わせる桃花を見る。
妙に細かい事の知識を持っていたり理解したりしている彼女のことだ。
きっと己の目のことも知っているのだろう。
「…ついでだ、こんな機会だから聞くが。俺の右目、どこまで知ってる?」
自然と鋭くなる眼差しを向ける政宗に、桃花は開いていた口を閉じて目の先に広がる暗がりを見つめた。
2015.02.23. UP
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夢幻泡沫