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花は輝き月は笑む

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桃花が知っているのは、彼女がいたところの伊達政宗について。
それも、そんなに詳しく知っているわけではない。
教科書、資料集、参考書。
それから伝記や時代劇程度のものだ。
どこまで正しいかすらあやふやな上に、隣にいる政宗に当てはまるのだろうか?
黙り込んでしまった桃花を、政宗は訝しむ。

「桃?」
「あ…失礼致しました。私が伝え聞いた範囲でよろしゅうございますか?」
「ああ。」
「…伊達様が幼き頃、疱瘡を患われ右目を失明されてしまったと。それを片倉様が取り出された、と。そう聞いております。」
「まあ端的に言えばその通りだな。醜いだろ?」
「そのようなことを思った事はございませんが…」
「無理する必要はねえ。…産みの親でさえ俺をバケモン扱いしたんだからな。」
「…そのお話も聞いたことが…ですが、私は伊達様のお顔は眼帯をつけていらっしゃるところしか見ていませんので…」

困ったように視線を彷徨わせる桃花に、政宗の胸の内がチリチリと燻ぶる。

「Ha!なら見るか?世にも醜いこの俺の素顔を。」

…出来れば見せたくなかったんだがな。
これを見せてしまえば、桃は間違いなく俺を避けるようになるだろう。
折角手に入れかけていたあのcuteな笑みが見られなくなってしまうのか。
あの温かい眼差しが冷然たるものになってしまうのか…。
結局…俺にとっちゃ女はどこまで行ってもheartを抉る存在なんだな。

頭がスッと冷えたのが分かる。
声を荒げることなく静かに言った政宗は眼帯に手をかけた。
ハッとした目を向けられたがやめるつもりは些かもない。
桃花が止める間もなく、鈍い音を立ててそれは床に落ちた。

この音は金属音。
ああ、本当に刀の鍔を眼帯にしているんだ…

桃花は的外れなことを頭の中で思う。

「…これは刀の鍔でございましょうか?」
「ああ。それより俺の顔を見ろよ。」

政宗の目に映り込んだ三日月がキラリと光る。
ゆっくりと仰ぎ見るように顔を向けた桃花は瞬間的に目を大きくしたものの、その後は何も変わらなかった。
彼女の瞳に拒絶の色は見えない。
それどころか、怖がりもせずに己から目を逸らさない。
ジッと見続けられ政宗の方が所在なく感じた。

「…恐くねえのか?」
「ええ。」
「何でだ?目がねえんだぞ?」
「はい、ご病気で失われたのでございましょう?原因が分かっているのですから、怖いとは思いません。」

それよりも、と言って桃花は床に落ちたままの眼帯を拾った。
政宗の右目に視線を戻せば、少ない月明かりの下でも擦れたような痕がうっすらと見える。

「隠さない方が新しい傷もできませんし、治りが早いと思うのですが…」
「醜い顔をあいつ等の前に晒せってか?」
「ですから、醜いなど…。伊達様の右目は伊達様のお命の代わりになくなったのではございませんか?右目を失われた代わりに、こうして生きていらっしゃいます。醜いはずはございません。」
「…」
「その右目を誇りに思うことこそすれ、負い目に感じるなど。」

病が原因とは言え、両親より貰った体の一部を失ってしまった。
申し訳ない、そんな姿を後世に残したくない。
桃花の世界での伊達政宗は、そんな思いで肖像画に両目を描かせるように指示していたと言う。

ずっと思っていた。
確かに他人と異なる容姿は気になるだろうし、私がその立場でも両目を描くように頼むかもしれない。
だけど、コンプレックスには思わないでほしい。
失った右目は病に打ち勝った証なのだから。
それは目の前にいる伊達様も同じでしょう…?

「…私は両目のある弱々しい伊達様ではなく、隻眼でもお強い伊達様の許へ参ったはずなのですが…」

桃花の言い分に呆気に取られていた政宗は、その言葉に顔を歪めた。


2015.03.02. UP




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夢幻泡沫