
Main
花は輝き月は笑む
55
その日を境に、政宗の姿が桃花の傍でよく見られるようになった。
鍛錬や執務が終わると彼の君はすぐに愛する妻の許へと顔を出す。
誰にも邪魔されたくないのであろう。
鍛錬はもちろんのこと、執務もテキパキと実に手早く終わらせる姿はこれまで見たこともないものだった。
今のお姿をもっと早く見たかったものですな。
深い溜息と共に吐きだされた右目の嫌味など意にも介さず、政宗は今日も要領よく執務を終わらせると桃花の部屋へと急いだ。
「Hey, honey!」
もう一つ変わったこと。
政宗が桃花を呼ぶ言葉が『kitty』から『honey』になった。
初めて共寝した翌朝、いつもは起床が遅い桃花でも早々に目が覚めてしまった。
いや、よく眠れなかったと言った方が正しい。
眠いのは間違いないのだ。
意識が途切れるのも何となくだが覚えていた。
だが…動かなくても分かる頭の下にある腕の感覚。
もぞりと動けばそれに合わせて動く腰に回された腕。
挙句、寝返りを打てば後ろから包み込むように抱き締め直されてしまった。
これでは寝たいとどんなに思っていても無理があるだろう。
「…Good morning, honey.」
浅い眠りと寝起きのせいでぼんやりとした頭に、流暢な南蛮語が聞こえてくる。
「ぐ…も…」
まどろみそうになる目を擦りながら挨拶を返そうとした桃花の手を大きな手が包む。
「目ぇ擦るな。腫れちまうぞ?」
「…っ…お…おはよう、ございます。」
「ああ。morning, sweet honey.」
包み込んだ手に口付けながらもう一度政宗は言った。
落とされた柔らかい感覚にカッと頬を染めて、そこでようやく桃花の意識がはっきりする。
「すいっ…は、に…っ!?」
勢いよく飛び起きた桃花を政宗は寝ころんだまま楽しそうに見た。
「俺にとって桃はどんなモンよりも甘えよ。なあ、my sweet honey?」
「…知りませんっ!」
「昨日は待つと言ったが、俺はそんなに気の長い方じゃねえ。早く味わわせてくれよ?」
「伊達様っ!!」
クツクツと笑いながら体を起こし近づいてきた政宗に、恥ずかしさのあまり声を荒げていた桃花はあっと小さく零す。
視線を褥の外にずらした桃花の目に無造作に床にころがっている眼帯が入ってきた。
「眼帯が…」
「…アンタが外した方がいいと言ったんだろ?なんだ、やっぱり恐ろしいか?」
「いえ…」
拗ねたような仕草を見せる夫に、昨晩の位置に落ちたままの眼帯を拾うと桃花はふわりと微笑んで手渡した。
「いいえ。外したままでいらしたのが嬉しゅうございます。」
あの朝からだいぶ経つ。
それでも、朝露が光る花のようなあの笑顔はいつ思い出しても興奮する。
政宗は少々乱暴に開けた襖の先で驚いている桃花の隣に膝をつくと、その頬を唇で掠め取った。
「だ、伊達様っ!!」
「Ha!来いよ、桃。面白いモンを集めたぜ?」
「…面白いもの、でございますか?」
「いいから来いよ!」
首を傾げている桃花の手を取り、立ち上がる。
政宗様!と咎めるような喜多の声を無視して、政宗は行き先も告げずに歩き出した。
「…まあっ!」
連れてこられた部屋には床いっぱいに品物が並べられていた。
その後ろに一人の家臣が笑みを浮かべながら主君夫妻を待っていた。
思わず声を上げた桃花にニッと笑いかけると、政宗は上座にドカリと座る。
脇息に凭れると、脇に座った桃花にその人物を紹介した。
「こうして対面するのは初だよな?支倉常長だ。こいつは南蛮に造詣が深くてな、その手の関係のものを任せている。」
「支倉常長と申します。此度は御方様に拝謁を賜り、恐縮至極に存じ上げ奉ります。」
「桃と申します。どうぞ宜しくお願い致します。」
丁寧に頭を下げる支倉に、桃花の方が恐縮してしまう。
おたおたとしていると彼女の気配を読み取った政宗が口を開いた。
「ま、堅苦しい挨拶はそのぐらいにしとけ。奥州は南蛮と貿易をしているから、こうして南蛮のものが入ってくるんだ。初めて見るモンもあるだろ?近くで見てみろよ。」
「よろしいのでございますか?」
「Of course. 遠慮なんかすんな。」
少年のような笑顔を見せる政宗に、桃花の顔も綻ぶ。
打掛の衽(おくみ)を掴んで立ち上がると目の前に並ぶ南蛮物のそばへ座り直した。
2015.03.23. UP
← * →
(55/68)
夢幻泡沫