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花は輝き月は笑む
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「…これは、て…天…」
「天鵞絨(てんがじゅう)にございます。南蛮ではビロードやベルベットと呼ばれております。」
「こちらは首飾りと…指輪?」
「左様にございます。ペンダントとリングと呼ばれております。」
「綺麗ですね。」
滑らかなで光沢のあるビロード、宝石のついたペンダントにリング。
馴染んだ呼び方と共に、懐かしさに自然と笑みが浮かぶ。
まず目についたキラキラと輝くものを一通り見て、桃花はその横に目をやった。
「地球儀、羅針盤…わぁ、時計もあるのですか?」
「恐れながら、御方様は博識でいらっしゃいますな。一目見てそのように言い当てられるなど思いも致しませんでした。」
己の方を見て苦笑しながら言う支倉に、政宗は鼻が高くなる。
「以前に金平糖をやったことがあるんだが、その時も桃は分かっていたからな。」
「恐れ入りましてございます。」
「桃、この絵なんかどうだ?」
席を立って紙の束を手に取ると、政宗は桃花のすぐ横に腰を下ろす。
その紙を見ると、色鮮やかに描かれていたのはテーブルと椅子。
「素敵な机と椅子でございますね。これなら床に直接座らなくていいので、楽に過ごせそう…」
「…Hum,成程な。」
桃花の言葉に少し考える素振りを見せた政宗は、その絵を懐にしまい込んだ。
「伊達様?」
「気にするな。他はどうだ?気に入ったものがあるか?」
「他に、でございますか?そうですね…あ、それは自鳴琴でしょうか?」
「仰る通りにございます。オリゲルやミュージックボックスと申しまして、まことに清らかな音が鳴るのでございます。」
『オリゲル』は聞いたことなかったが、『ミュージックボックス』は聞いたことがある。
オルゴールのことだ。
支倉の説明に、桃花はオルゴールを手に取る。
蓋をそっと開けると、見覚えのある円筒と突起が目に入った。
箱の中を半分ほど占めているそれの反対側は空間がある。
おそらく小物入れも兼ねているのだろう。
ひっくり返してみても螺子巻きが見当たらない。
代わりに横にハンドルが付いていた。
それを回すと金属の高い音が旋律を奏でる。
「うわぁ…」
ニコニコとハンドルを回し続ける桃花は知っていた音楽を一緒に口ずさむ。
「南蛮の楽(がく)を…御方様は歌われるのでございますか?」
「俺もほとんど聴いたことはねえぞ。支倉、お前luckyだな。」
「この身に余る光栄でございます。」
桃花の行動に支倉が感嘆したように目を大きくした。
久しぶりに聴いた妻の秘めやかな歌声に、政宗も目を細めて彼女を見る。
そんな穏やかな時間は急に途切れた。
「お寛ぎのところ失礼致します。」
「…小十郎か?」
「はい。」
「何だ?」
「政宗様、甲斐から目通りを願いたいとの使者が参っております。」
「Ah?甲斐から?」
「はい。信玄公より、火急の使いだとか。」
「虎のおっさんから?」
襖越しに聞こえた小十郎の声に、政宗は桃花を見る。
桃花もわけが分からず首を傾げながら政宗を見返した。
甲斐の国主たる武田信玄は、桃花が奥州に嫁ぐと同時に着々とその領土を広げていた。
今川義元を破り駿河を手に入れ、徳川家康を破り三河も手に入れ。
だが、政宗とは腹の探り合いをすることもなく至極平和な関係を築いていた。
桃花に届けられる文も、日常のことや彼女を気遣う内容が書かれているだけ。
だからこそ余計に不可思議なのだ。
「…分かった、直ぐに向かう。」
そう伝えるように小十郎を下がらせると、政宗はもう一度桃花を見た。
「知らない、よな?」
「…申し訳ありません。」
「いや、俺も見当がつかねえ。一緒に来るか?誰だか知らねえが、久しぶりに甲斐の人間に会いたいだろ?」
「ご迷惑では…」
「そんな話になるようなら席を外してもらう。気にすんな、ついて来いよ。」
「…では、お言葉に甘えまして。」
「All right.」
嬉しそうに笑う桃花の肩にポンと手を置くと、政宗は控えている支倉に指示を出す。
「支倉、ここにあるモンは取りあえず綱元に言いつけて俺の部屋に運ばせる。御苦労だったな。」
「勿体なきお言葉。」
「詳しく聞きてえこともあるからまた呼び出す。」
「畏まりましてございます。」
「ああ、そのmusic boxは桃の部屋へ運んでおけ。」
「私の部屋?」
「気に入ったんだろ?」
「…いただいてよろしいのですか?」
「That's it, honey.大切にしろよ?」
「ありがとうございます。」
「礼は後でたっぷり、な?火急の使者とやらを待たせるわけにもいかねえだろ。行くぞ。」
「はい。」
艶のある笑みを見せて立ちあがった政宗は桃花に手を差し伸べる。
それを支えにして桃花も立つと、互いにきゅっと表情を引き締めて使者を待たせている広間へ急いだ。
2015.03.30. UP
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夢幻泡沫