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花は輝き月は笑む

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障子戸の外で小十郎は待っていた。
桃花が一緒にいるのを驚きはしたものの、政宗様がお越しだと声を掛けながらすうと戸を開ける。
中には成実と女が頭を下げて待っていた。
女が使者として遣わされるのは珍しい。
戸惑うように視線を寄こしてくる成実と小十郎に目配せすると、政宗は使者を牽制するように真横を通る。
そんな緊迫が漂う中で政宗と共に使者の対面に座った桃花は、上げられた顔にパアッと笑顔を咲かせた。

「咲さんっ!!」
「桃姫様、お久しゅうございます。」
「お久し振りです!お元気でしたか?」
「はい、お心遣い感謝致します。桃姫様におかれましてもご健勝のご様子、何よりでございます。」
「幸村様は?佐助さんは?父上はお元気でいらっしゃいますか?」
「はい。お館様はじめ、皆様相も変わらず熱うございます。」
「お元気でいらっしゃるのなら安心致しました!」

座ったのは見間違いだったのだろうか、俊敏な動きで彼女の横に移動し桃花は咲の手を取る。

「会えて嬉しいです、咲さんっ!」
「私も桃姫様にお会いできて嬉しゅうございます。」
「父上からの使者とは咲さんのことだったのですね。あの、それで…」

桃花の言葉にニコニコと相好を崩していた咲の顔が険しくなる。
その変化の激しさに桃花は一歩後ずさった。

「…織田が甲斐へ戦を仕掛けて参りました。」
「What!?」
「こちらがお館様よりの文でございます。」

どこから取り出しかのか、少し縒れた文を差し出しながら咲が低頭する。
受け取った成実も厳しい表情のまま政宗にそれを渡した。
バサリと開いて読み進める政宗の顔も硬くなる。
主君から険しい表情のまま文を回された小十郎と成実もまた、眉間に皺を寄せて小さく息をのんだ。

そんなに悪い状況なのだろうか…?
だけど…武田と織田の戦って…

四人の顔を交互に見ていた桃花の顔色も悪くなる。

「…織田、とは織田信長ですか?」
「はい。」
「甲斐へ攻め込まれたのですか?」
「いいえ。お館様は別の場所にて迎え討とうという算段でございます。」
「…別の場所とは?」
「…設楽ヶ原でございます。」
「設楽ヶ原…?」

あまり他国の前で話していいことではないのかもしれない。
咲はチラリと政宗を見てから憚るように落とした声で答えた。
出てきた地名に首を捻るものの、その直後に頭に浮かんだ地名に桃花は愕然とする。

「…長…し、の…」

ぽろりと零れた己の言葉に桃花の背筋を悪寒が走った。

「伊達様にお願い申し上げます。お館様は援軍をお望みでございます。桃姫様の為にも是非っ…!」
「…すぐに返事はできねえ。アンタは戻るように言われてんのか?」
「いえ、伊達様の御返事を頂くようにと仰せつかっております。」
「そうか。なら暫く待て。」
「お言葉ながらっ!そのような時間はっ…」

政宗と咲のやり取りを遠くに感じながら、桃花の頭の中はガンガンと警鐘が鳴り響く。
長篠の合戦。
大局だけ見れば武田はこの戦に敗れたことが原因で衰退してしまう。
しかし、この戦いに当てはめていいのだろうか?
今聞いている限りでも、桃花の知っている長篠の合戦と咲の言うそれとは大きく違うところがある。
まず、武田軍の総大将が息子の勝頼であること。
だがこの戦の総大将は信玄であるようだ。
次に、織田軍には徳川軍が味方に付いていたこと。
この世界では、織田と徳川は同盟を結んではいなかったはずだ。
それに、徳川は既に武田が打ち破り取り込んでいる。
徳川家康が裏切るのか…。
…いや。
まだ少年ではあるが、徳川家康と言う男は明朗快活で真っ直ぐな男だと聞いた。
それから日付までは詳しく覚えていないが、確か戦が起こったのは梅雨時期だったはず。
結末を知った時に梅雨時期なのに鉄砲隊の織田軍が勝ったことが強く印象に残ったのだから、おそらく間違ってはいない。
だが、ここではまだ梅雨に入るには早い。
それと…
桃花の頭にタイムスリップの定番が頭を過る。
過去の歴史を変えれば未来も変わる。
己の言葉一つで変わってしまう可能性が十分にあり得る。
そんなことが赦されるのだろうか?
そんなことをしてしまったら永遠にあの世界へ戻れなくなるのではないだろうか?
けれど…
もう一つの考えが瞬時に浮かんでくる。
武田信玄が、猿飛佐助が…真田幸村が万一の場合に死ぬことになってもよいのか、と。
大好きな人を、大切な人々を…命の恩人である上田の人々が、甲斐の人々が戦っているのを黙って見ていていいのか、と。
差し出がましいかもしれないが…持っている知識を使えば助けられる命があるのではないか、と。
グルグルと回る頭を抱えていた桃花は、己を呼ぶ声に反応できなかった。

「…!…っ!!桃っ!!」

強く肩を揺すられハッと顔を上げれば、政宗が間近にいる。
互いの目がバチリと合えば、彼の口から安心したように息が漏れた。
覗き込んでくる左目には心配が浮かんでいる。
けれど硬い表情はそのままに。
桃花の近くに来てなお、その表情と言うことは…
その顰められた眉に彼女の顔が歪んだ。


2015.04.06. UP




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夢幻泡沫