
Main
花は輝き月は笑む
59
音をたてない様にそっと襖を開ける。
部屋の中ほどに褥が敷かれ、桃花が眠っていた。
共寝をするようになってから何度も見た寝顔。
あどけない素顔のまま無防備に眠る姿に、信頼されているという喜びと苦悩が入り混じった感情を持て余してきた。
枕元に屈み劣情を掻き立てさせられる顔をじっくりと見る。
その顔が少し辛そうに見えるのは、やはり実家のことが心配だからだろうか。
髪を撫でようと手を伸ばしてはたと気付いた。
己は今、戦装束姿。
手には長手甲をつけている。
この格好で桃花に触れたくない。
フッと苦笑すると、政宗は伸ばしていた手を握りしめ立ち上がった。
その時、注意していたつもりがカチャリと鉄の擦れあう音が小さく響いた。
同時に目の前の気配が動く。
パッと目を開けた桃花が政宗を見ていた。
「…sorry,起こしちまったか?」
「いえ…」
「寝てて構わねえ。」
半身を起した桃花に政宗はバツが悪そうに鼻の頭を掻きながら、低く優しい声音で寝るように促す。
けれど、驚いたように目を見開いた桃花は褥から飛び出た。
「…あの、そのお姿は…」
「今から虎のおっさんの加勢に向かう。」
「…伊達、様…自らが…?」
「Yeah.」
「え…嘘…」
「本当だ。」
信じられないと目を左右に彷徨わせる桃花に、己はどんな印象を持たれているんだと聞いてみたい。
政宗はムッとしながら桃花を見た。
「何だ?俺が加勢するのがそんなに信じらんねえか?」
「ちがっ…そうではなくて…」
「じゃあ何だってんだ?」
「…戦に行かれるのですよね?…幸村様も佐助さんも、父上も戦に…戦、で…命を落とすかもしれないのに…伊達様まで…」
暗い中でも分かるぐらいうろたえている桃花に、以前信玄から言われた事を思い出す。
『桃はのう、戦とは無縁で育ったのじゃ。』
『故に人が死ぬことが苦手だ、と。』
『言わば赤子同然じゃ。』
彼女にとって戦と死は直結しているのかもしれない。
政宗は肩に手を置き、覗き込むようにして桃花の目を見た。
寝起きのはずなのに妻の身体は随分と冷たい。
「Settle down, 桃。戦に行く奴が必ず死ぬわけじゃねえぞ?」
「ですが…死なないという保証も…」
「ねえな。」
「それ、なのに…」
「心配すんな、そんなに軟じゃねえよ。必ず勝ってみせるさ。」
「…」
「竜が二体に虎が二頭、ついでに猿も一匹いる。恐れるな。」
何と力強い存在なのだろう。
諭すような穏やかな目と声に、桃花の強張っていた体がほぐれてくる。
「伊達様…」
「そんなに俺のことが心配か?」
「…それ、は…」
「Ha, 桃が俺の心配をしてくれるようになるとはな。」
出陣の前だと言うのに妻をからかう余裕が何故あるのだろうか。
桃花はどこか釈然としないまま寄懸からある物を取り出した。
「…これを…」
渡されたものは小さな守り袋のようなもの。
「これは?」
「急いで作ったので不格好ですが…渡すことがなければいい、とも思っていたのですが…」
「Thanks. 肌身離さず持ってるぜ。」
政宗の言葉に桃花の柳眉が寄る。
「…戦は嫌にございます。なぜ戦など…」
言葉に詰まる桃花に声をかけようと口を開いた時、部屋の外から張り詰めた声がかかった。
「御無礼お許しください。政宗様、支度が整いましてございます。皆、城門で政宗様をお待ちしております。」
「…I see.」
一つ声を低くして政宗が答える。
その怖いぐらいの緊張に、桃花はどうしようもない焦燥感に駆られる。
戦へ行って欲しくない。
だけど、甲斐への助力はして欲しい。
『いってらっしゃい』など口にすることはできない。
死が隣り合わせにあるところへなど送り出したくない。
けれど、何も言わずに別れたくない。
「伊達様…あ、の…」
「見送りはいいぞ、アンタのそんな姿を他の奴等に見せてたまるか。」
「あの…私、その…」
「…桃。I love you. I am glad if you also think that you are the same. I would like to know your feeling. Tell me, if I come back.」
軽く押し付けられた唇と鼓膜を震わす南蛮語が桃花を動けなくさせる。
「行ってくる。」
さっと踵を返して部屋を出ていく政宗にご無事で…と小さく返すことしかできなかった。
2015.04.20. UP
← * →
(59/68)
夢幻泡沫