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花は輝き月は笑む

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政宗が奥州を出て一月近くが経った。
いつもは活気づいている城は、主がいないのが分かるのか妙にひっそりとしている。
男達の鍛錬する声は聞こえず、女達が日常する会話の声も小さくなっていた。
奥にいる桃花には戦況がほとんど届かない。
それに、己から聞く勇気もなかった。
悶々としたまま毎日を過ごせば溜息の数も増える。
逆に言葉数が減った。
何かをしている時はまだいい。
それに没頭すればいいのだから。
ただ…ふとできた少しの時間でさえも、気が付けば意識が西に向いている。
桃花は通い慣れた樹の下で手を合わせると、己を嘲るように小さく笑った。
こういう時、己は何もできないちっぽけな存在なのだとつくづく思う。
苦しい時の神頼み。
心の中でいつもいつも話しかけ、願ってしまっていた。

「…ねえ、おばあちゃん?もしも…もしもだよ?伊達様や幸村様達がそっちに行くような事があったら追い返してね?」

別に桃花の祖母は神などではない。
けれど藁にも縋りたいとはこういう時の為の言葉だろう。

「笑っちゃうでしょ?私が武田信玄の娘なんだよ。伊達政宗の正室なの。信じられる?私だって今でも信じられないけど…けどね、みんないい人達なの。異質な私を受け入れてくれたの。それに娘だからって、正室だからってだけでこんなにいい生活を送らせてもらっているし。そんな人達が寿命でもないのに死ぬなんておかしいでしょ?…おばあちゃん、そっちでしっかりと見張っていてね?お願いよ…」

青葉繁る大樹を見上げ、その先の空を見ればまた一つ溜息が零れた。

「桃姫様、御部屋に戻りませぬか?」
「…ええ。」
「心配ございませんよ。政宗様が加勢されに行かれたのです。直ぐに勝利と共に戻って参られましょう。」
「そうだといいのですけれど…。」
「何か報せがありましたら直ぐにお知らせ致します故、桃姫様は大仰に構えていらっしゃればよろしいのです。この頃、少しばかり食が細うなられましたな。喜多は男共より桃姫様の方が心配にございます。」
「…申し訳ありません。」

自覚はある。
政宗のことを考えると、どうしても食欲が湧かないのだ。
戦時下に於いて食べ物を残すのも忍びなく、最近はもっぱら朝餉のみを食していた。

「…何も知らせのない相手をただ待つということが、こんなに辛いものだとは思いもしませんでした。」
「桃姫様…」
「部屋へ戻りましょう、喜多さん。」
「はい。」

消えそうな笑みを浮かべると桃花は拠り所から離れた。



それから更に数週間。
ますますひっそりとした城にバタバタと走る音が響いた。

「御方様っ!!」

いつもは冷静な口ぶりの侍女が興奮したように襖の向こうから声を張る。

「何事です、騒々しい。」
「申し訳ございません、喜多様。」
「して、何事か?」
「鬼庭様がいらしております。」
「綱元殿が!?」
「喜多さん、お通しして下さい。」

中腰になる喜多に桃花が不安そうな眼差しを向ける。
直ぐに通された綱元は落ち着いた様子で桃花の正面に座ると頭を下げた。

「綱元殿、何か報せが参ったのですか?」
「はい、義姉上。まずは桃姫様にお知らせしようと思い、こちらへ足を運びました。」
「ありがとうございます、鬼庭様。それで…あの…」
「お喜び下さいませ、桃姫様。我らの勝利でございます。信玄公と政宗様は見事、織田を討ち破ったとのことにございます。」
「まあっ!!」

静かに微笑む綱元の言葉に、喜多が歓喜の声を上げる。
それを聞いて、次の間に控えていた侍女達も浮足立つように手を取り合った。

「おめでとうございます、桃姫様!」
「おめでとうございます!!」

彼女達の明るい声に桃花が確認するように綱元を見た。
笑みを浮かべたまま深く頷いた彼の姿に、深く息を吐き出すと寄懸に凭れた。

「そう…ですか。父上が勝たれたのですね…。よかった…。」
「おめでとうございます。」
「伊達様のお陰です。奥州の皆様が援軍となって下さったから…。こちらこそありがとうございます。」
「勿体なきお言葉。是非、政宗様へ聞かせて差し上げて下さいませ。」
「鬼庭様、あの…伊達様や片倉様はご無事なのですか?」
「戦場からの報せは戦勝の報告しか届いておりません。ですが、万が一政宗様の身に何か起こりましたら直ぐに知らせが届くはずです。」
「そうですよ、桃姫様。そのような便りがないと言うことは、ご無事であるという証拠でございますよ。」
「そうだといいのですが…。」

心配に眉を寄せる桃花に喜多が頼もしく言葉を添える。
遠くで起こった出来事が直ぐ分かる環境で育った桃花には、この時間のずれがひどく歯痒かった。
けれどここではこれが最速の知らせなのだろう。
あとは本人達が帰ってくるのをひたすら待つしかない。
桃花は俯いていた顔を上げ、喜多と綱元を見た。


2015.04.27. UP




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夢幻泡沫