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花は輝き月は笑む
63
戦の処理が終わってしばらく経った頃、奥州に甲斐からの使者が訪れた。
主な目的は援軍に対する礼。
その訪問を一番心待ちにしていたのは、他ならぬ桃花だった。
久し振りに赤を基調とする打掛に袖を通し、喜多が驚いて目を大きくするのも気にせず磨かれた角を足早にいくつも曲がる。
「失礼致します。」
一声かけて自ら障子戸を開ければ、奥に座る政宗や一段下がって座る小十郎が目を丸くした。
普段の桃花であれば諾の意を得てから入ってくる。
許しも得ずに自ら戸を開ける軽率な態度など取ったことなどない。
それだけに政宗達は驚いてしまい、彼女の行動を咎めることすら忘れてしまっていた。
けれど、今の桃花にはそんな行動はどうでもいいらしい。
彼女の目は政宗に対峙して座っている二つの背中に釘付けだった。
「幸村様っ!佐助さんっ!」
「おお、桃殿。お久しゅうござる。」
「桃姫ちゃん、お久し振り〜。」
ニコリと笑う幸村とヘラリと笑う佐助。
変わらない笑顔に桃花の目が潤む。
「お二人ともご無事で…お元気そうでなによりです!」
パタパタと二人の傍へ駆け寄ると、桃花は確認するように幸村の腕を取った。
「お怪我はございませんでしたか?」
「なっ…桃殿!は、はっ…破廉恥でござるぁあああ!!」
久方ぶりに聞いた大声に桃花は思わず耳を塞ぐ。
直ぐ横で幸村が顔を真っ赤にさせ視線をうろうろと彷徨わせていた。
その姿にふっと笑いが零れる。
「それ、久し振りに聞きました。幸村様は私にとって大切な方です。大切な人に触れるのは破廉恥ではありませんよ…?」
「それはっ…確かに…しかれども、は…はれ、破廉恥でござる…」
恥ずかしさからか項垂れるようにそっぽを向いてしまった幸村の代わりに、佐助が苦笑しながら桃花の相手をした。
「真田の旦那が相変わらずでごめんね〜。」
「いいえ。久し振りにお会いしましたが、変わられていないので何だか安心しました。佐助さんもお怪我はありませんでしたか?」
「うん、俺様大活躍!怪我なんかしてないよ!」
「それはよかったです。」
「も〜、俺様の心配をしてくれるなんて桃姫ちゃんってば相変わらず可愛いね〜!竜の旦那達に苛められてない?」
「皆様とてもよくして下さっていますよ?」
「本当に?」
「ええ。」
そっかとニコニコしながら桃花の頭を撫でる佐助の横で、破廉恥でござる!と幸村が騒ぐ。
甲斐にいた時のような和やかな雰囲気に包まれ、桃花の顔が一層綻んだ。
「父上はお元気でいらっしゃいますか?」
「うん。大将も怪我してないから安心してね。」
「本当ですか?」
「もちろん。」
「よかった…」
「大将もさ、桃姫ちゃんに会いたがってたんだよ。だけど流石に国主が国を空けるわけにもいかないから、渋々だけど甲斐に残ったんだ。」
「そうですよね…でも、残念です…。私も父上にお会いしたいです、と伝えてもらえますか?」
「それはしっかりと伝えるけど。文、書いたげてくれないかなぁ?桃姫ちゃんの文を持って帰らないと俺様、甲斐に入れてもらえないんだよね…」
肩をがっくりと落とす佐助に、彼も相変わらずの待遇なのかと同情の念が押し寄せる。
「…お疲れ様です。」
「あは〜、桃姫ちゃんに会えてほんっとに嬉しいよ…」
「Hey, 猿!そろそろ桃から離れやがれっ!!真田も破廉恥破廉恥言ってねえで、てめぇの飼い猿ぐれえきちんと躾けろ!!」
「躾って、俺様を何だと思ってんのよ…」
「猿だろ!?…桃もこっちに来い。」
はあと深く溜息を吐いた佐助に悪態をついた後、政宗は未だに甲斐の使者の傍にいる桃花を手招く。
それにゆるりと首を振ると、桃花は不機嫌そうな夫君の方を向いた。
「いえ、難しいお話もありましょうから私は部屋に戻ります。あの、一つお聞きしてもよろしいでしょうか?」
「何だ?」
「…幸村様と佐助さんのこの後のご予定は?」
「Ah?夜に宴をするつもりだが、それまでは特にねえな。」
「それでしたら、お話が終わったら私の部屋へ来ていただいてもよろしいでしょうか?」
「それは構わねえが…」
「ありがとうございます。」
許可が下りた途端に顔を綻ばせた桃花は、すかさず二人に確認を取った。
「幸村様、佐助さん。あとで私の部屋に来てもらえませんか?」
「分かり申した。」
「了〜解。」
「絶対ですからね!約束ですよ?」
ニッコリと笑って頭を下げると、桃花は案内役に喜多を残して自分の部屋へ戻った。
2015.06.08. UP
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夢幻泡沫