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花は輝き月は笑む
64
部屋に誰も入れずに甲斐から持参した長持を引っ張り出す。
中から顔を覗かせたものは、とてもとても懐かしいものだった。
体に合わせて裁断された形の洋服。
色とりどりの化粧道具。
髪を纏めるゴムやピン。
ひとしきりそれらを眺めた後で、桃花は一人で身支度を始めた。
およそ一年ぶりに身に着けるそれら。
怒涛のように過ぎていった事柄が走馬灯の如く頭を駆け巡る。
部屋や調度品は完全な和式、己は洋式。
ちぐはぐな状態に苦笑しながら懐かしい品々を手に取る。
他では手に入らないであろうものに囲まれて、暫くぼんやりと桃花は過ごした。
「桃姫様、真田様を御連れ致しました。」
喜多の声にゆっくりと顔を上げる。
「ありがとうございます。幸村様と佐助さんだけ入っていただけますか?」
「しかし、桃姫様…」
「申し訳ありません。どうしてもお二人だけに話したいことがあるので…」
「…では、私は此方に控えております。」
「ありがとうございます。幸村様、佐助さん、どうぞお入りください。」
桃花の静かな声に、佐助が襖を開けた。
中で待っていた桃花の姿に一瞬だけ目を瞠ったが、素早く幸村を入れるとしっかりと襖を閉めた。
「…桃殿、そのお姿は…」
「覚えていますか?お二人に初めてお会いした時の格好です。」
「そりゃもちろん覚えているけど…何でまた?」
「聞いて頂きたいことがあるのです。」
真っ直ぐ二人を見て言うと、桃花は座るように勧めた。
「…この一年、色々なことが起こりすぎて…」
「…」
「一般庶民だった私が信玄様の娘になり、政宗様の正室となり…戦があって…」
桃花は閉められた障子戸の向こう、西を眺めるように茫とした視線を流す。
幸村達の隣に座り思い返すようにゆっくりと話す彼女の話を、二人は黙って聞いた。
「全く知らない世界で今でも怖いです。出来ることなら今直ぐ帰りたい…でも…きっともう戻れないのでしょうね…。」
「桃殿…」
「ですが、私は幸村様と佐助さんに助けていただきました。信じられない程の厚遇を受け、苦労なく甲斐で過ごし…奥州でも政宗様をはじめとして、とてもよくして下さっています。」
「そのお言葉、お館様が聞けばきっとお喜びになるでござろう。」
「上田にいた頃から分かっていましたし、理解していたつもりでしたが…先の戦で…この世界が命を奪い合う世界なのだとはっきり知らしめられました。私は命を奪い合うなど信じられないですし、その考えが分かりません。」
「桃殿、お館様は戦のない世にするために日々奮戦されているのでござる。某もお館様のお役に少しでも立てるよう…」
「信玄様のお考えは分かります。でも…どうしても戦をするという行為が理解できなくて…」
顔を伏せる桃花の言葉は淡々と紡がれた。
戦国の世がどういったものかは知識として持っている。
己が生きていたあの時代も、幸村達のような先人の命を礎にしているのも分かっている。
だからこの世界で生きる彼等を責めるつもりは毛頭ないのだ。
戦を理解できない。
それを知ってほしいだけ。
桃花は顔を上げると幸村と佐助を見て微笑んだ。
戦が当たり前の世界で生きていくのは、平和に慣れきった己には苦しくて仕方ない。
殺伐とした世界に身を置きたくない。
けれど…だけど、私は…
「奥州に嫁ぐ時にお二人とした約束を覚えていますか?」
「…」
「甲斐の、幸村様達の邪魔になる時は迷わず私を殺して欲しい、そうお願いしました。その気持ちは今でも変わりません。」
「桃姫ちゃん、それさ…」
「でも、私…政宗様のお傍で生きたい、と思えたんです。政宗様の隣にいたいって…。ですから…その…」
「ご安心召されよ、桃殿。某も佐助も桃殿の命を奪おうなど考えたくもござらん!」
「そうだよ、桃姫ちゃん。竜の旦那ってところが釈然としないけど…よかった、そう思えて。俺様だって桃姫ちゃんをこの手にかけたくないし。」
「…ありがとうございます。でも、私の命はお二人のものですよ?」
穏やかな笑みを浮かべる幸村と佐助に、桃花もふんわりと返す。
この世界で生きられたのは二人のおかげ。
その気持ちはこれまでも、これからもずっと変わらない。
甲斐の邪魔は、二人の邪魔だけはしたくない。
桃花はそう言ってから伺いを立てるように首を傾げた。
2015.06.15. UP
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夢幻泡沫