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花は輝き月は笑む

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「ずっと黙っていようと思ったのですが、政宗様に隠し事をしているのが心苦しくて…。だから私がどこから来たのか、どんな生活をしていたのかを政宗様にお話ししたいのです。秘密を抱えたままでは本当の意味で夫婦になれないと思うんです。…信玄様は許して下さるでしょうか?」
「桃殿、嫁がれる時のお館様のお言葉をお忘れか?『桃の幸せを祈っておる、桃が望むままに生きるがよい』と仰られていたではござらんか。桃殿がそうお考えであれば、政宗殿に申されるがよかろう。」
「…甲斐と奥州の同盟が破棄される、ということにはなりませんか?」
「そんなこと気にしてるの?ホント、不器用な子。桃姫ちゃんはそんなこと考えなくていいの。あり得ないと思うけど、万に一つ同盟が決裂しても桃姫ちゃんは甲斐に戻ってくればいいだけでしょ?桃姫ちゃんとまた一緒に居られるし、俺様大歓迎だよ。」
「政宗殿は某が生涯にただ一人の好敵手と見定めた方でござる。桃殿が案じておられるような事にはなり申さぬ。」

眉を下げている桃花に二人は諭すように言葉をかける。

「桃花殿、お幸せになられよ。」
「よかったね、桃花ちゃん。」

作り笑いではない、心から願うような笑みと言葉。
『桃花』と呼ばれたこと。
じわりと目頭を滲ませながら桃花は花が咲くような笑顔を見せた。

「ありがとうございます。幸村様、佐助さん、大好きです!」
「あは〜。俺様も好きだよ、桃姫ちゃん!」
「なっ…二人とも破廉恥なっ!!」
「あれ?旦那は桃姫ちゃんの事、好きじゃないの?」
「そのようなはずはなかろうっ!」
「じゃあ好きなんでしょ?」
「す…きっ!?はっ…はれ、破廉恥!破廉恥極まりない!!」

身を包む着物に負けない程に肌を赤くして叫ぶ幸村を、佐助と桃花はクスクス笑いながら宥めた。



「して、桃殿。何故そのような格好をされているのでござるか?」

暫く収拾がつかない程に叫んでいた幸村が漸く落ち着き桃花に問う。

「これは、私の覚悟を聞いて欲しかったのと…約束を果たすためです。」

そう言って桃花は一冊の冊子を長持から取り出した。

「これって…楽譜、とか言ってたよね?」
「そうです。私が習っていた楽器の楽譜です。」
「確か…ぴあのだったっけ?」
「はい。」
「おおっ、そうでござった。某が聴いてみたいと申しましたな。」
「ええ。あの時、この世界にはない楽器だからお聴かせすることはできないと言いましたが…」

話しの途中で立ち上がると、こちらへどうぞと桃花は襖を開けて部屋を移動する。
顔を見合せながら幸村達は後に続いた。
移動先にあったのは見事に黒光りする大きなもの。

「…これは?」
「これがピアノです。ここにあるとは思ってもみなかったので、諦めていたのですが…ひょんなことから政宗様が下さいました。」
「ぴあのなるものは、随分と大きい楽器でござるな。」
「ええ。持ち運ぶような楽器ではないので。」
「どうやって弾くの?」

興味津々の二人の前で蓋を開け、鍵盤を押す。
聞こえてきた大きな音に目を大きくする幸村と佐助に、桃花はクスリと笑った。

「一つ一つの鍵盤の音が決まっているんです。それを組み合わせて旋律と伴奏を奏でます。上田で『もしピアノがこの世界にあるのならお聴かせします』と約束したのを覚えていますか?」
「おお、もしや弾いて下さるのか?」
「はい。私が弾ける中で一番好きな曲です。ずっと練習をしていなかったので、拙い演奏になると思いますが…」

苦笑するようにはにかみながらそう言って、桃花は準備を始めた。
少し離れたところに幸村と佐助を座らせ、鍵盤に目を走らせ深呼吸をする。
彼女の指が動き始めると同時に聴こえてきた慣れない音の連続に二人は戸惑ったが、やがて静寂の中で聴こえてくる美しい旋律に心地よさそうに耳を傾けた。


2015.06.22. UP




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夢幻泡沫