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花は輝き月は笑む 番外編

越鳥南枝胡馬北風 師走 



「幸村様。」

襖の向こうにいるであろう城主に声をかければ、入られよと穏やかな声が返ってきた。

「失礼致します。」
「ああ、何でござろうか?」
「…書物を読まれていたのですね。お邪魔してしまい、すみません。」
「構いませぬ。して桃殿、如何致した?」
「あの…」
「どうされた?」
「…幸村様はお茶を嗜まれると聞きました。」
「嗜む程ではござらん。最低限の心得がある程度にござる。」
「私に教えていただけませんか?」
「は?」
「お茶を…茶の湯を習ってみたいのです。」

見台(けんだい)を横に避けて私と相対していた幸村様は、疑問顔で首を捻られた。

「茶を知りたいのであれば、お館様の家中にもっとふさわしい方がおられよう。若しくは、都から相応の師を招くという手もござる。」
「いえ、本当に何も知らないので…まずは基本を知りたいな、と思ったのですが…」
「某は教えるような知識を持ち合わせておらぬのだが…」
「…やっぱり駄目ですよね。すみません…いきなり無理なことを言ってしまいました。」
「ああ桃殿、そう眉を下げられますな。」

…狡いでござる。
と、聞こえたのは気のせいだろうか?
窺うように幸村様を見ると、ばちりと視線が合う。
ぱっと目を逸らし口元を隠した幸村様は、しばらく唸った後にちらりと私を見た。

「…敵いませぬな。よかろう、某でよろしければ出来得る限りお教え致そう。」
「ありがとうございます!」

音も立てずに歩き出した幸村様の後に続く私は、どう頑張っても衣擦れや足音を立ててしまう。
茶というものは静かに楽しむものでござるぞ、と苦笑する幸村様に頭を下げながら私は慎重についていった。



「と申しても、某がお教えできることなどほんの少しでござる。」

小座敷に案内され、座るように促しながら幸村様が言う。

「ここにあるもの全て…小座敷自体も茶の一つである故、一つ一つを拝見することが本来にござる。されど、某はこれらの良し悪しが分からぬ。機会があれば桃殿と共に学びとうござるな。」

そう言って茶釜の近くに座ると何やら茶碗を物色し始めた。

「この茶碗も濃茶と薄茶で使われるものが違うでござる。桃殿、茶は初めてでござるか?」
「はい。」
「なればいきなり濃茶は如何なものかと思う故、此度は薄茶だけに致そう。常なれば濃茶の後に薄茶をいただくものにござる。」
「へえ、そうなんですか。」
「堅苦しいことは抜きにし申そう。まずは一服、賞味あれ。」

流れるような作業で茶を点てた幸村様は上半身を捻るようにして茶碗を差し出してきた。
中に見えるのは細かい泡で、量は思ったよりも少なかった。

「こうして茶碗が正面になるように出され申すが、手に取られたら正面を避けるのが礼儀でござる。少し回してから口をつけられよ。」
「はい。」

教えられた通り茶碗を正面から少しずらし、音を立てるようにして数回に分けて飲む。
少々苦いそれを飲み干し、口の部分を指で拭ってから静かに畳の上に茶碗を置いた。

「結構なお手前で…でしたか?」
「ふむ…それもあながち間違いではなかろうが、『大変美味しゅうございました』で良いでござる。その言い様、どちらで覚えられたのだ?」
「…茶道の挨拶と言えばこの言葉かな、と思いまして。どこで覚えたのかは曖昧ですけれど…私がいたところでは、茶道と言えばこの言葉でした。」
「面白い慣習でござるな。」

長い腕を伸ばして置かれた茶碗を手元に寄せると、幸村様は茶釜から湯を注いで茶碗を濯いだ。

「点ててみられますかな?」
「はい。やってみたいです。」
「なれば、こちらに参られよ。」

席を譲ってくれた幸村様の場所へ座り、たどたどしい手つきで茶碗の中に抹茶や湯などを入れていく。
茶筅でだまを残さず泡立つように混ぜれば、何とかそれらしいものが出来た。

「ほう、なかなか筋がよろしいのではないか?もっと知りたいと思われるならば、やはり相応の師を招きますぞ?」

普段の行動とは裏腹に優雅に飲み干された幸村様が笑い、顔が緩んだのが自分でも分かる。

「では、機会がありましたらよろしくお願いします。」
「分かり申した。その際には、某も一緒に学びとうござる。」
「はい、是非。」
「それはそうと、なぜ急に茶を所望されたのでござるか?」



それは…
私がいた世界では、今日が十二月二十三日だから。
『天皇誕生日』という特別な日だから…。



「私のいたところでは、この日に宮中で茶会の儀が行われるそうなんです。」
「なんと。」
「それで何となく知りたくなりました。」
「…主上を手本にされるとは、何とも高尚な志でござるな。某、感服いたしました。」
「それに、桃姫ちゃんと同じ茶碗を使えたしね〜!」
「さっ、佐助っ!?」
「俺様、上で見てて感動しちゃったー。旦那が桃姫ちゃんと同じ茶碗で同じ場所から茶を飲むなんて!」
「なっ、何を申しておるのだ!?」
「桃姫ちゃんの口が触れたところに、旦那自らが口を付けるなんてね〜。」
「さ…さ、さっ佐助!!おぬしは何と言うことを…っ!!」
「…言い方が卑猥です、佐助さん…」
「あはっ!そうかな〜?」
「破廉恥でござるぅぅうあああ!!」


2014.12.01. UPIT
2016.12.23. EDIT




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夢幻泡沫