「喜多さん。」
「はい、何でございましょうか。」
控えている喜多さんに声をかけると、穏やかな声が返ってくる。
「身支度を整えたいのです。手伝ってもらえますか?」
「畏まりました。されば、お打掛など用意して参ります。」
「いえ、それは私がやります。喜多さんにはお化粧を手伝っていただきたくて…」
普段はあまり化粧をしない私が手伝ってほしいと言ったことにとても驚いたようだ。
喜多さんは目を大きくして固まってしまった。
「…喜多さん、急なお願いで申し訳ありませんが…」
「っ…失礼致しました。やはり、お打掛等も喜多が共に用意させていただきます。」
「そうですか?それなら、よろしくお願い致します。」
持っている打掛や帯の中から、あれでもない、これでもない、と喜多さんと戯れるようにして選ぶ。
いつもは落ち着いている彼女が心なしか浮かれているように思うのは、私の発言のためだろうか。
同年代と買い物に出かけた時のような楽しさを感じる。
最終的に選んだ打掛は、私のお気に入りの一枚だった。
政宗様から頂いた伊達の色を地色とした、この季節にピタリと合った文様の打掛。
「ようお似合いでございます。」
「ありがとうございます。今日はしっかりと着飾りたいので、よろしくお願い致します。」
「畏まりました。喜多が腕に依りをかけさせていただきます。」
たくさんの化粧品を侍女に運ばせながら、張り切った様子で鏡台を用意する喜多さんに苦笑った。
化粧をすることは、本来は苦手ではない。
だが、体に良くないものを原料としていると知っていたからできるだけ避けたかった。
代替できるものはもちろんしてもらったし、危険な事も伝えてある。
だから私の周りに用意されている化粧品は、お城に勤めている人のものまで体に無害のものであるはず。
分かっているけれども、やはり怖い部分もある。
それがゆえ、普段は化粧をあまりしていなかった。
でも、今日は…
「…なんとお美しい…」
「…大袈裟です。」
「そんなことはございませぬっ!このように美しい姫様は初めてお目にかかりました。」
むん、と気合を入れて力説する喜多さんに若干腰が引ける。
「あ、あの…もう一つお願いがあるのですが…」
「何でございましょう!」
「絵師を呼んでいただきたいのです。今日のこの姿を…」
「…畏まりました。すぐに呼び寄せて参ります。」
いつもの落ち着いた喜多さんに戻ると、すっと姿勢を正して下がっていく。
しばらくして登城した絵師は額に汗をかいていて、ニコリと案内している喜多さんを恐ろしく思いながら申し訳ないことをしてしまったと反省した。
「…急に申し訳ありません。今日のこの姿を残しておきたく、お呼び致しました。」
「身に余る光栄にございます。姫様の御美しさが後世に残るよう、精一杯務めさせて頂きます。」
「過分な粉飾はおやめください。見たままの私を描き止めて欲しいのです。」
「…畏まりました。」
「あなたの目に映ったままに…出来るだけ写実的に。」
「写実…と申されますと?」
「絵を描くのではなく、写し取るように…ありのままに描いてくださるようお願い致します。」
「…承知致しました。姫様の生き写しを紙におさめて御覧に入れます。」
「楽しみです。」
どうぞお楽になさってくださいませ、とのありがたい言葉に足を崩す。
消すことのできない線を次々と描いていく絵師には感嘆するばかりだった。
喜多さんにもう一度お願いをして用意してもらった物を盆に載せ、政宗様を訪れる。
私室にいるとの先触れの返事通りの場所へ行けば、寛いだ状態の彼が驚いたように動きを止めた。
「…Hey, honey…」
「このような時間に来てしまい、申し訳ありません。」
「Never mind. それより桃…どうした、その格好は?随分とめかし込んでいるじゃねえか。」
「約束を果たしに参りました。」
「約束…?」
「はい。」
約束を果たせることが嬉しく口の端を上げながら、私は政宗様のそばへ盆を持ったまま寄った。
「…それは酒か?」
「はい。こちらで初めて過ごした新年の宴で、政宗様に申し上げたこと…覚えておいでですか?」
「Ah〜…」
「お酒を飲むのは二十歳になってから、と。」
「ああ、確か桃のところの風習だったな。」
「はい。」
「…祝い酒も悪かねえな。」
「ありがとうございます。」
私の言いたいことをすぐに察してくれた政宗様が、朱色の杯を掴んでそっと差し出す。
それを両手で受け取れば、嬉しそうに銚子を持ち上げた。
今日は一月十五日。
成人の日、おとなになったことを自覚し、みずから生き抜こうとする青年を祝いはげます日なのだから。
「政宗様に祝ってもらえて嬉しいです。」
「ようやく酒が酌み交わせるな。」
「…お待たせ致しましたか?」
「Yeah. I was waiting for that the whole time.」
「ありがとうございます。」
「正に天女のようだ。天女は…羽衣がありゃ天に帰ってしまうんだったな。なら、羽衣なんぞ剥いでしまおうぜ?」
「あっ…」
「So beautiful… my dearest honey…」
2016.01.01. UPIT
2017.01.15. EDIT