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花は輝き月は笑む 番外編

越鳥南枝胡馬北風 February 



この粉は…
小指にそっとつけたその色には、見覚えがあった。
においを嗅げば、記憶にある甘い匂い。
ペロリと舐めれば、甦る風味。

「…これはどうされたのですか?」
「支倉が珍しいものと持ってきた。異国の粉だとか。だが、使い方が分からずに転がしたままだったな。」
「では、政宗様には不要のものにございますか?」
「Ah…まあ、そうなるな。なんだ桃、欲しいのか?」
「他に引き取り手がいないのでしたら、いただきとうございます。」

政宗様でさえ用途を知らないもの。
他に欲する人はいないと踏んでの返事に、政宗様は面白くない顔をした。

「…頼み方は教えたはずだぞ?」
「っ…あれ、は…」
「いらねえのならいい。捨てるだけだからな。」
「…」
「ほら、honey. どうする?」
「…政宗様、私に下さいませ。」

一歩近づいて頼んだ私に、政宗様が意地悪く笑う。

「Ha, まだ足りねえな。」
「…っ、もうっ!お願い致します…政宗、様…」

顔が熱い。
政宗様の言う頼み方は甘えながらおねだりをするという、彼が好む仕草をするということ。
彼の首にそっと腕をまわし、己から唇を合わせ、甘く囁きながらじっと見つめると、政宗様は昂るらしい。
…が、そんなことは恥ずかしくてとてもおいそれとできたものではない。

「Well done. 桃は望む物は何でも手に入るんだ。もっと欲しがれよ。」

気がつけば背に頼もしい腕を回され、今度は彼から口付けを受ける。
本当は今だってしたくなかった。
けれど、ないと諦めていたものがあると分かった以上どうしても欲しかった。
恥を忍んでおこなったことが今更ながらとても恥ずかしく、ぐいと政宗様を押し退けるようにして空間を作る。

「もう充分いただいていますから。」

ひったくるようにして粉の入った袋を受け取ると、私はさっと政宗様から離れた。



厨を借り、牛乳を沸かす。
プツプツと細かな泡が鍋の周囲にできた頃に、いただいた粉をサラサラと入れて静かにかき混ぜる。
出来あがった乳茶色から誘われるような香りが辺りに広がった。
寒い日にこれを飲むと体の中から温まるような気がして、よく飲んでいた。
猪口に少し入れ、味見をする。
糖分調整がされていないので苦みを感じたが、それでもとても久し振りの味に思わず顔が綻んだ。
政宗様は甘いものがお好きではないが、今日はいくぶんか甘みを足す。
体が温まるように生姜も少しだけ入れて、筒茶碗によそった。
再び政宗様のところに戻れば、初めて嗅ぐであろう匂いに怪訝な顔でこちらを見る。

「…なんだ、それは?」
「飲み物にございます。どうぞ、召し上がってくださいませ。」
「…これが?」

前に置かれたものをチラリと見て眉間の皺を深くした政宗様が、珍しく口ごもった。

「…」
「政宗様?」
「…Ah〜、泥…じゃねえよな?」
「まあっ!違います!!」
「…」
「初めてご覧になるのですか?」
「ああ。」
「これはホットチョコレートと申します。」

失礼致します、と政宗様の前にある筒茶碗を持ち上げてコクリと飲む。
口内にほわりと広がった風味に目が自然と細まった。

「…飲んでみていただけませんか?」
「…分かった。」

飲み口を指で軽く拭いてから渡すと、ニヤリと笑い政宗様はわざとそこに口を付けた。
彼の喉がゴクリと鳴る。

「…甘ぇ。」
「ふふ、そうですね。」
「まあ…不味くはないな。Hot chocolateと言ったか?これも異国のものか?」
「はい。体が温まりませんか?私がいたところでは、体にいい飲み物としてもよく知られていました。」
「そうか。」

政宗様がじっくりと筒茶碗の中を見る。
それから、やおら勢いよく飲みきった。

「馳走になった。…が、俺にはちっと甘かったな。女が好むモンじゃねえのか、これ。」
「どちらかと言えば。ですが、今日は政宗様に召し上がっていただきたくて。」
「Why?」



今日は二月十四日。
バレンタインデー、男女の愛の誓いの日なのだから。



「…いろいろと謂れがありまして…」
「ほう?」
「その一つに、これは私が育ったところの風習なのですが…」
「And?」
「女子から殿方へ想いを伝える際に、チョコレートを添える…というものがありまして…」
「…なら、さっきのhot chocolateは桃から俺への想いだってことか?」
「っ…」
「ん?どうなんだ、honey?」
「…分かっていて仰られるなんて、意地悪です…っ!」
「Ha, ならもっと味わって飲めば良かったな。いや、やはりちっと甘かったから口直しをいただくとするか。」
「えっ!?」
「それこそ分かってんだろ?アンタだよ、桃。存分に味わわせてくれ。」


2016.02.01. UPIT
2017.02.14. EDIT




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夢幻泡沫