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花は輝き月は笑む 番外編

越鳥南枝胡馬北風 April 



「桃姫様、目通りを願う者がおるのですが…」
「…私に、ですか?」
「はい。私からもお願い申し上げます。目通りして頂けませぬか?」
「どちら様なのでしょう?」
「蔦と申します。私の義妹でして…小十郎の奥にございます。」
「まあ!片倉様の奥方様ですか?どうぞ、お通ししてください。」

あの片倉様のお嫁さん…。
一体どのような人なのだろう。
私は興味津々で閉じられた襖の先を見た。

「…目通り叶いまして、恐悦至極に存じます。急に願い出ましたこと、どうぞお許しくださいませ。蔦と申します。」
「気になさらないでください。喜多さんから聞きました。蔦様は片倉様の奥方様でいらっしゃるそうですね。」
「『様』などっ!?どうぞ蔦と呼び捨ててくださいませ。」
「桃姫様、蔦殿の申す通りにございます。政宗様の御方様であられるあなた様にそのように呼ばれてしまっては、私共はどうしてよいのやら分かりませぬ。」
「…では『蔦さん』と呼ばせていただきます。私も年上の方を呼び捨てにするなど出来ませんので。」

不服ながらも妥協案を提示すれば、蔦さんに困ったように見られた。
後から喜多さんに理由を聞けばいい。
私からあえて言う必要はないだろう。

「それで…私に会いたいと思われたのはなぜでしょうか?」
「…」

話を戻したが、蔦さんは唇を噛み黙り込んでしまった。

「…蔦さん?」
「…蔦殿。せっかく桃姫様に目通りが叶ったのです。己で願い出なさい。」
「喜多さんはご存知なのですか?」
「はい、知っております。けれど、此度のことは蔦自身が言わねばならぬこと。私からは申せませぬ。」
「…蔦さん。私が力になれることであればいいのですが…聞かせてくれませんか?」
「も…申し訳ございませぬ。桃姫様のお力をお借りするなど身の丈を知らぬ所業でございますが、どうしてよいやら分からなくなってしまい…」
「私で役に立てるでしょうか?」
「桃姫様…」

この世界のことをあまり知らない私にできることがあるのだろうか?
立場が上の方だからと言って、手助けなどできるのだろうか?
心配になってつい聞いてしまったが、蔦さんは言葉を詰まらせて瞳を潤ませた。

「あ…あの、泣かれるほど苦しいことでもあるのですか?」
「…っ、…私…」
「…ゆっくりで構いません。聞かせてください。」

私の促しに、蔦さんは涙をこらえながら話し始めた。
その内容に驚く。

「えっ!?蔦さんって妊娠されているのですか!?」
「はい。腹に小十郎様のやや子がおりまする。」
「それならそのような座り方をしていないでください。赤ちゃんに障ってしまいます。もっと楽な体勢で…」
「何を仰いますか。無礼は許されませぬ。」
「私への無礼よりも片倉様の赤ちゃんを大事にしてください!それに、無礼だなんて思いませんから!」
「桃姫様…」
「ああっ!頭を下げたらお腹を圧迫してしまいます。お願いですから、私に対してよりも赤ちゃんを大事になさってください。」
「…ありがとうございます、桃姫様。」

私があまりに右往左往しているので、蔦さんは困惑したあと忍び笑いを洩らした。
泣きそうだった彼女の表情が明るくなったことに一安心をする。
側でじっと座っていた喜多さんも口元を緩めた。

「…それにしても片倉様は酷いことを言われます。」
「真に。我が義弟ながら鬼の様な物言いに呆れてものが言えませぬ。」
「喜多さん、すみませんが片倉様と政宗様をこちらへお呼びしたいのですが…」
「承知致しました。私が参ります故、少々お時間をいただきます。」
「よろしくお願い致します。」

喜多さんは一つ頭を下げると、無駄な動きなく部屋を後にした。



「Hey, honey. 俺を呼び立てるなんて珍しいな。何かあったか?」
「政宗様、はしたのうございます。桃姫様、政宗様だけでなくこの小十郎も…」

政宗様が勢いよく開けた襖の向こうで頭を下げていた片倉様の言葉が途中で切れる。
気配を読むのに疎い私でも、片倉様がびしりと固まったのが分かった。

「どうぞお入りください、片倉様。」
「…は。」

上段に座る政宗様の足元で、私と片倉様は向き合って陣取る。
その位置で体を夫に向けると願い出た。

「政宗様…私を甲斐へお戻しください。」
「What!?何があった!?」
「…ここにいる方はお腹に赤ちゃんを宿しております。」
「Ah?…話がよく読めねえが、めでてえじゃねえか。」
「ですが…ご主人様から子を堕ろせ、ときつく言われたとか。」
「…」
「奥州を統べる政宗様に子ができない限り子を産むことはならぬ、と言われたそうにございます。…私のせいでおめでたい話がなくなるのは申し訳ないし、情けなく思います。」
「Wait!何でそうなるんだ?」
「側室様方がいない今、政宗様の御子を産めるのは私だけだと思うのですが…」
「その通りだ。俺には桃だけだと何度言えば分かる?」
「…ありがとうございます。ですが、私は政宗様の御子を…。この方が責められるいわれはないのに、ご主人様からそのようなことを言われてしまっては私は奥州にいられません。」
「俺に子がいようがいまいが、ソイツが子を産むのとは関係ねえ。誰だ、ソイツの連れは?俺が直接言ってやる。」
「政宗様のご重臣でいらっしゃいます。」
「ほう。誰だ?」
「…片倉様、申し上げてもよろしいでしょうか?」
「…は、いえ…その…」
「どうした、小十郎?」
「…桃姫様、お戯れはお止め下さいませ。どうぞご勘弁を。」
「小十郎?」
「政宗様…その者は小十郎の妻でございます。」
「What!?」
「蔦と申します。…蔦、政宗様と桃姫様に迷惑をかけるんじゃねえ!」
「片倉様、そう声を張られてはお腹の子に障ります。蔦さんが子を産むのはそんなにいけないことなのでしょうか?」
「桃姫様。蔦にも申しましたが、己が主の政宗様に御子がいらっしゃらないのに我が子を宿すのは不忠と申すものにございます。ですから…」
「Hey, 小十郎。その理屈は間違ってるぜ。なぜめでてえことを自ら摘み取ろうとするんだ。俺に子がいねえ限り家臣に子ができなけりゃ、次代に譲った時に支える者がいなくなる。そしたら奥州はどうなるんだ?天下を取った後はどうなるんだ?…行き過ぎた忠心はむしろ不忠だ。蔦、といったな。この件は小十郎が間違ってる。しっかり養生して丈夫な子を産め。小十郎の子は俺の子の支えになってもらうからな。」
「ご当主様…」

ニヤリと笑った政宗様の声は、己の右目が子供を授かったことに対しての喜びを含んでいた。
政宗様から直接声をかけられて低くなっていた蔦さんの頭がますます下がる。
声が震えているのは、きっと嬉しいからだろう。
私も一緒になって政宗様に頭を下げた。

「ありがとうございます、政宗様。政宗様から直接お許しを頂ければ片倉様も許していただけると思いまして、無理を申し上げてしまいました。どうぞお許しくださいませ。」
「No problem.」
「片倉様にも不快な思いをさせてしまいました。どうぞお許しくださいませ。」
「謝るのは小十郎の方にございます。桃姫様のご配慮、深く感謝申し上げます。」
「余計な事とは思いますが、後で蔦さんを叱るのはお止めくださいますようお願い致します。」
「は。」
「にしても、この話は俺の子がいなけりゃ意味がねえ。桃、きちんと責任を取ってもらうぞ。you see?」
「…それは…蔦さん、赤ちゃんが生まれたら、是非抱かせてください。」
「勿体のうお言葉にございます。この子にとってありがたき幸せにございます。」
「Hey, 話を逸らすんじゃねえ!ほら、こっちにこいよ。可愛がってやる。」
「あ、あの…」

絶妙な具合で空気をよんだ三人が部屋を出ていくと、残った政宗様が視線をうろつかせている私に近寄った。
それはもう背中がゾクリとする程の色気と共に。

「…ったく、肝が冷えた。たちの悪ぃjokeを言うな。」
「申し訳ありませんでした…」
「joke…だよな?」
「はい。今日は冗談を言っても許されると思い…」



今日は四月一日。
エイプリルフール、嘘をついても許される日なのだから。



「俺を驚かせた罰だ。今宵は一晩中寝かさねえぞ。」
「…冗談、で…」
「さあな?とりあえず黙れよ…」

クツクツと笑い口付けを落としてくる政宗様に真偽を確かめられない。
クラリと揺れた頭は甘い感触のせいか、ドキリと弾む感情のせいか…
そんな私の胸の内を知ってか、政宗様は私の後頭部に手を添えながら口付けを深くした。


2015.04.01. UPIT
2016.04.01. EDIT




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夢幻泡沫