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花は輝き月は笑む 番外編

越鳥南枝胡馬北風 June 



「和尚、いるか?」

政宗様が軽々と馬から飛び降りて手綱を引きながら大きな門をくぐる。
主がいなくなった馬は軽く胴震いをしたが、私が乗っていることを忘れずにいたのかすぐおとなしくなってくれた。

「和尚、政宗だ。来たぜ。」
「政宗様、そのように大きな声をあげられなくても。」

馬を下りた片倉様が同じように手綱を引きながら窘める。
小言の様なそれに肩を竦めると、政宗様は軽く返した。

「Ah?耄碌爺には丁度いいだろ?」
「政宗様!」
「誰が耄碌ですかな?」

片倉様が渋い表情を作りながら尚も窘めていると、突然しわがれているが張りのある声が政宗様の背後から聞こえてきた。
ビクリと体を揺らした政宗様が恐る恐る振り返る。

「…和尚、健勝そうでなによりだ。」
「耄碌爺に背後を取られるとは、奥州筆頭が聞いて呆れますな。片倉殿も主一人諌められぬとは、まだまだ頼りのない。」
「…返す言葉もございませぬ。」
「チッ…そんだけ元気ならまだまだくたばらねえな。」

ニッと口を吊り上げると、政宗様は嬉しそうに歯を見せる。
それから私の方を見て無造作に両腕を差し伸べてきた。
一人で躁馬できない私に降りろという合図。
掴まるようにして私も腕を伸ばせば、なんでもないように簡単に降ろされた。

「ありがとうございます。」
「Not at all. 和尚、紹介するぜ。桃、俺の室だ。…来るのが遅くなって悪ぃ。」
「来られただけでも成長されているというもの。御方様、このような鄙辺へよくお越し下されました。拙僧は虎哉宗乙と申します。」
「虎哉…宗乙、様…?あっ!政宗様のお師匠様でいらっしゃいますか!?このような体勢で申し訳ございません。お初にお目にかかります。政宗様が室、桃にございます。」
「これはまた丁寧なご挨拶、ありがたく頂戴いたしましょう。ほう、『お師匠』にございますか。政宗様がそのように…」
「言ってねえからな!Honeyが勝手に言ってるだけだ!…桃、アンタやっぱ知ってたか。」
「ええ。詳しくは存じませんが…」
「知らなくていい。」

苦虫を噛み潰したように顔を歪めた後、政宗様は気を取り直すためなのか一つ息を吐き出した。

「和尚、奥に籠る。桃の相手をしてやってくれ。」
「畏まりました。」
「桃、悪ぃがしばらく席を外す。」
「…分かりました。お気をつけてくださいませ。」
「危ねえことはしねえよ。行くぞ、小十郎。」
「はっ。」

頬に添えられた政宗様の手の温もりが温かい。
政宗様は柔らかい笑みを残されて、私に一礼してきた片倉様と共に本堂の方へ行った。



「さて、御方様。こちらへおいでください。茶でもいかがですかな?」
「ありがとうございます。いただいてもよろしいでしょうか。」
「勿論にございます。さあ、こちらへ。」

政宗様達を見送っていると、残された私に和尚様が声をかけてくる。
そのまま導かれた先には庵のような建物があり、促されるままに履物を脱いで中に入らせてもらった。
点ててもらったお茶を以前に覚えた作法でいただいていると、和尚様に目を細めながら眺められる。
悪意のある眼差しではないのは分かったが、気になってしまい私は和尚様に聞くことにした。

「…申し訳ありません、不作法を致してしまいましたか?」
「いやいや、そのようなことはございません。雅なものと見受けて感心しておりました。どなたから学ばれたのです?」
「以前お世話になっていた方から…と、政宗様からですが…。」
「ほう、政宗様からですか。」
「…偉そうで申し訳ありませんが、政宗様は教養のある方だと思います。政宗様が幼い時分に、和尚様から色々学ばれたと…」
「拙僧は頭領たるもののいろはを説いたに過ぎませぬ。大概のことはこの鄙辺をお出になってから修められたことにございましょう。」
「ですが、基本を和尚様よりお教えいただいたことはやはり大きいことかと存じます。」
「ふうむ、これは弱りました。御方様はあれでござますな、爺を喜ばせることがお上手にございます。」

顔をずるりと撫で、和尚様は照れくさそうに視線を逸らされる。
その仕草が政宗様にどこか似ていて、思わずクスリと笑いが零れた。
和尚様との距離も少し近づけたと思ったら、朝から疑問だったことが急に膨れ上がってくる。
私は姿勢を正すと和尚様に疑問をぶつけてみた。

「和尚様、急に訪れてしまい申し訳ありませんでした。私も今朝、いきなり出掛けると言われたのでよく分かっていないのですが…政宗様は何故こちらへ来られようとされたのかご存知でしょうか?」
「おや、お聞きになっておりませぬのか?」
「はい。」
「隠すこともないでしょうから申し上げます。ここはどなたの菩提寺か存じておられますかな?」
「いえ…」
「そうでございますか。ここには輝宗様の…政宗様の御父上が弔われておられます。」
「っ…まあ…」
「たまにこうしてふらりと訪れることがありますが、頭領という御立場を顧みるためでございましょう。御方様があまり気になされることはございませぬ。」
「…そうですか。あの…政宗様の父上様はどのような方だったのか、お聞きしてもよろしいでしょうか。」
「輝宗様でございますか。…大きい方にございました。」

懐かしそうに目を細める和尚様は穏やかに政宗様の父上様…輝宗様の人となりを話してくれた。



奇しくも今日は六月の第三日曜日。
父の日、父親に感謝する日に輝宗様のお話を聞けるとは…。



「和尚様のおっしゃる通り、輝宗様はとても懐が深い方ですね。」
「さにございましょう?あのひねくれ者の政宗様が今のようにお育ちになったのも、輝宗様がいたからこそ。」
「そうなのですか…ですが、政宗様も輝宗様に負けないぐらい大きなお方でございますよ?」
「ほう…」

どことなく面白くなかった気持ちは、和尚様に見透かされているらしい。
ニヤリと細められた双眸から視線を逸らした私に、和尚様はクツクツと笑いを噛み殺すことを失敗していた。

「桃、戻った。…顔が赤いぞ?」
「…何でもございません。」
「政宗様、御方様はしっかりされた方とお見受けしておりましたが…いやいや、可愛らしゅうございますな。」
「和尚様っ!」
「Ah?何のことだ?」
「どうぞお気になさらずに。和尚様もこの話はここまでにお願い致します。」
「俺に内緒話か?」
「政宗様が気になさることではございませんので、どうかお忘れくださいませ。」
「それは無理な相談だな。城に戻ったらじっくり聞き出してやる。覚悟しとけよ?」
「政宗様、ここは世捨ての場にございます。お戯れになるのなら、お引き取り下され。」

過剰に寄り添ってこられた政宗様を持て余していると、和尚様から呆れた声で切り捨てられてしまう。
また来ると挨拶もそこそこに嬉々として私を抱き上げる政宗様は色を孕んでいて、私は彼の胸に顔を埋めるのが精一杯だった。


2015.06.01. UPIT
2016.06.19. EDIT




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夢幻泡沫