どこからか用意したのか、政宗様が持ってきた質素な小袖を着て喜多さんの目を盗む。
落ち合う場所へこそこそと向かえば、そこには政宗様が悪戯っぽい笑みを浮かべて待っていた。
彼も普段とは違う簡素な着流し姿で、思わずドキリと胸が跳ねる。
「…お待たせ致しました。」
「いや、よく出て来られたな。」
「気付かれているようにも思います、が。」
「Ha!なら、さっさと抜け出そうぜ。ほら、honey。こっちだ。」
妙に慣れた様子でお城を抜け出す政宗様の後を小走りで追う。
こんなことがバレたら、片倉様にお説教をされるのは間違いないだろう。
けれど幼い頃のわくわく感が思い出され、顔が自然と綻んだ。
「そうだ。城の外では俺のことを『藤次郎』って呼べよ。」
ふと思いついたように政宗様が振り返って言う。
「藤次郎…様、ですか…?」
「一応、人目を忍んで来てるんだからな。」
「分かりました。けれど、なぜ『藤次郎』様なので…あ、いえ。何でもありません。」
「…All right. 見逃してやる。それより…どうだ、伊達の七夕は?」
城は小高い位置にある。
そこから見下ろす城下には、温かみのある灯りが通りに沿って並んでいた。
どんな工夫がされているのか、蝋燭の光だけのはずなのに色とりどりで自然と目が惹かれた。
各家の門先に大きな竹が立てかけられ、さらさらと心地の良い音を奏でている。
普段は市がたっている場所には様々な店が出ていて、活気が溢れていた。
「…このように大々的にされている七夕は初めて見ました。政宗様らしい絢爛な風景ですね。」
「気に入ったか?」
「はい。近くで見とうございます。」
「なら行くか。」
こっちだぜ、とごく自然に手を繋いだ政宗様に急かされるようにして城下へ向かった。
「す…ごい、ですね。」
大きな通りに面しているのは、片倉様をはじめとする家臣の方々の武家屋敷だった。
そこに整然と配列された提灯一つ一つに色が塗られていた。
「提灯に色を塗るなんて…」
「派手だろ?もともとアイツらの子女のために七夕を奨励したんだが…」
「え…七夕祭りは政宗様が創められたのですか?」
「まあな。奥州は夏が短いから、楽しみの一つがあったっていいだろ?」
「素敵な考えでございます。」
「Thanks. なのにな、アイツらときたら『俺達も楽しみたいっす!』とか言って年々趣向を凝らしやがる。」
「伊達家中の皆様らしくて良いではありませんか。財政を逼迫させない程度なら年に一度の楽しみとして続けた方が、皆が喜びましょう。」
「…桃がそう言うなら、まあいいか。」
「とても綺麗です。」
暗い夜の中で、色とりどりの提灯同様に老若男女が笑顔で歩いている。
政宗様が治めている地は…少なくとも直接目が届くこの場所は、中々に安心して暮らせる場所のようだ。
「城下の人々の笑顔も華やいでいますね。私などが申し上げていいものか分かりませんが…政宗様、感謝致します。」
「…筆頭として当然のことだろ?それより桃…」
「はい?」
「気付いてないのか?さっきから『政宗様』って連呼してるぜ。」
「え?そうでございましたか?」
「ああ。次からpenaltyな。一回言う毎に桃からのkiss、一回な。」
「えっ!?」
「言わなきゃいいだけだろ?まあ、俺は言ってくれても一向に構わねえんだが。」
「…」
「それより、ほら。店の方へ行くぜ。」
クツクツと笑いながら政宗様は繋ぎっぱなしだって手を引っ張る。
よろけるようにして歩き出した私を、政宗様は体勢を整えやすいように支えてくれた。
飴細工に玻璃物に金魚。
どれもきらきらしていて目を制止させるのが難しかった。
「欲しいもんがあったら言えよ?」
「…ま…藤次郎様?」
「チッ!…こういうところで欲しいもん買うのも醍醐味の一つだろ?」
「…ですが…私、金子を持ってきておりませんので…」
「あのなあ…何のために俺がいるんだよ?桃の望むもんは全て叶えてやる。」
「まあ…」
腰を抱き寄せ耳元で囁くようにして甘い言葉を口にする政宗様に動悸が収まらない。
彼の口を少し離すように押し戻し、私はねめつける様に見上げた。
「そのようなこと、簡単に仰らないでください。…調子に乗ってしまいそうです。」
「調子に乗っていいんだよ。Honeyは俺の室なんだから。」
「藤次郎様…」
「で、欲しいもんはあったか?」
「…見ているだけで満足です。どれもこれも、この場所だからこそ輝いて見えるものではないですか?」
視線をあちらこちらに散歩させながら断っていた私の目が、ある店を捉えた。
「どうかしたか?」
「…藤次郎様。あのお店へ行ってもよろしいでしょうか?」
「構わねえ。」
「ありがとうございます。」
歩き出した私の後ろから政宗様が手持無沙汰でついてくる。
そのお店は糸屋だった。
ただ、売っていたのはこの国の糸ではなく異国から取り寄せたものらしい。
私には馴染みのあるものだったが、周りにいた人々は興味深そうにそれを眺めていた。
「…藤次郎様。」
「なんだ?」
「これが…欲しいのですが…」
恐る恐る切り出した私に政宗様は呆れたような目を向けた。
「糸?何に使うんだ?」
そう言いながらも懐から無造作に金子を取り出し、私に好きな色を選ばせてくれる。
五色の中から、青、白、黒を選べば、伊達の色だなとどこか嬉しそうに笑われた。
賑わいから離れ、地面に腰を下ろす。
「藤次郎様、ここを持っていてくれませんか?」
「Ah?」
訝しがりながらも言われた通りに糸の端を持つ政宗様にお礼を言い、私は黙々と糸と糸を編み上げた。
「…器用だな。」
「そうでしょうか?これぐらいはできて当然かと思いますが…。」
「そんなもんか?」
「ええ。…と、ありがとうございます。出来ました。」
「なんだ、それ?」
「藤次郎様、手を出していただけませんか?」
「手?」
増々訝しがりながら差し出された手に、作ったものを近づける。
「…心の中でお願い事を一つ唱えていてくださいませ。」
今日は旧暦の七月七日。
この世界でも、私が育ったところのこの地も、一年に一度逢瀬を楽しむ恋人同士にあやかる日なのだから。
「で、結局これはなんだ?」
「プロミスリング、と呼ばれています。自然に切れると願い事が叶うそうですよ。…政宗様のお願いが叶いますよう。」
「…俺の願いか。切れた方がいいのか、そうじゃねえ方がいいのか、分からねえな。」
「一体なにを願われたのです?」
「It's secret. それより桃、今『政宗様』って言ったな?」
「え!?」
「俺の願いは目下、honeyからのkissなんだが?」
「…」
「ほら、give me.」
2015.08.01. UPIT
2016.08.09. EDIT