「政宗様、虎哉和尚様へご挨拶に参りませんか?」
「Ah?」
奥で寛いでいた政宗様を外出に誘うと、珍しいものでも見るように凝視されてしまった。
「…なぜ和尚のところへ行きたいんだ?」
「ここのところご無沙汰していましたから、お元気なお顔を見たくなりました。私一人よりも政宗様もご一緒して下さった方が、和尚様もお喜びになられると思いお誘いしたのですが…。」
「和尚は元気だろうよ。まだまだ死にそうもねえな。…だが、桃からの誘いって言うなら断る理由はねえ。行くか。」
「ありがとうございます。支度をしてまいりますので、少しお待ちいただけますか?」
「Okay, 馬を用意している。」
そう言うと政宗様は席を立ち、まだ座ったままの私に手を差し出してくれた。
「ようこそお越しくださいました。」
突然訪れたにもかかわらず、虎哉和尚様はにこやかに出迎えてくれた。
「急にお訪ねしてしまい申し訳ありませんでした。和尚様、お健やかでいらっしゃいますか?」
「ありがたきお言葉、痛み入りますな。ご覧の通り、何とか生き延びております。」
「Ha, 和尚はちょっとやそっとじゃ死なねえよ。」
「相変わらずの臍曲がりですな、政宗様は。」
「誰の教えだよ、ったく。…父上に会ってくる。」
「はい、お気をつけてくださいませ。あっ、政宗様!こちらをお供えください。」
「…これは?」
「ほう、葡萄でございますか。久方振りにお目にかかりますな。」
「ご存知でしたか?」
「少しばかり所縁がございまして。…御方様にも所縁があることにございますぞ。」
「まあ、そうなのですか!よろしければお聞かせください。」
「かかかっ、興味を持たれましたかな?拙僧は美濃の生まれなのですが…」
「Wait, ちょっと待て。Honey, その葡萄とやらは何だ?どこで手に入れた?」
「葡萄は水菓子にございます。甘くて、瑞々しくて、美味しいのです。甲斐の特産なのですが、この間佐助さんが持ってきてくださいました。」
「っ…あの猿、また俺の見てないところで…!!」
「甲斐の葡萄は美味しいので、私は嬉しいのですが…駄目でしたでしょうか?」
この世界では流通がまだそれほど発達していない。
生きて行く場所が変われば、食も自然と変わっていく。
その中で四季折々の食べ物を佐助さんがわざわざ奥州まで持ってきてくれていて、それが楽しみの一つでもあった。
それがなくなってしまうのはとても残念だ。
眉が下がってしまった私を見て、政宗様が溜息をついた後で苦笑う。
「…そんな顔すんな。桃、猿に言っておけ。こそこそしてねえで正々堂々と持ってこい、とな。」
持ってきた手土産から一つ二つと取り出して渡せば、政宗様は複雑そうな顔をして持って行った。
「御方様、政宗様は拗ねておられるのですよ。その『猿』とやらが己の知らないところで御方様を喜ばせていたのですから。男の悋気とは情けない、御方様は気になさいますな。」
かかか、と豪快に笑いながら和尚様が政宗様の行動を分析される。
悋気、とは嫉妬…つまり、政宗様が佐助さんに対して…?
それは、つまり…私のことを…?
その先を考えると自然と頬が緩む。
しまりのない顔をしているのを見られたくなくて俯けば、和尚様はさらに快活に笑われた。
「ほんに甘い葡萄にございますな。お持たせとして出して正解でございました。」
「…ありがとうございます。あの、先程仰っていた所縁の続きを聞いてもよろしいでしょうか?」
「ああ、そうでしたな。拙僧の師が武田信玄公にお教えしていたことがあるのです。」
「父上にですか?」
「はい。『信玄』と法名をお授けしたのが拙僧の師でございます。」
「まあっ!そのような繋がりがあったのですか。」
「師の下に喝食としてつかせていただいていた時分、師が信玄公よりの御布施を裾分けてくださいました。その中に葡萄もあったのでございます。」
「そうだったのですか。父上のお師匠様が和尚様のお師匠様でもあったのですね。そして和尚様は政宗様のお師匠様…不思議なご縁を感じます。」
「左様にございますな。人の交わりというものは摩訶不思議にございます。…時に御方様。」
「はい?」
「一つ問答をしてみませぬか?」
「問答…ですか?」
私が理解をしていないうちに、和尚様はパン!と大きく手を打たれた。
「さて、御方様。今、鳴ったのは右の手にございますか?それとも左の手にございますか?」
「え…?あの、両の手だと思いますが…」
「ほう…」
私の答えに和尚様が目を細める。
「何故そう思われましたかな?」
「片手で音を出すのは難しいかと思います。片手で音を出すのなら、何かを叩かなくては…それが今はもう片方の手、すなわち両手となり音を作ったのだと考えました。ですので、両の手と答えたのですが…」
「ふむ。では、それを踏まえて拙僧が申し上げたいことは何だと思われますかな?」
「和尚様が仰りたいことですか…?手を鳴らすことで…?…ええ、と…」
「かっかっか!実はこの問答、政宗様にも問うたことがございます。何年かかっても構いませぬので、お一人で御答えを見つけなされませ。解いた暁には、是非とも拙僧に御答えをお聞かせください。」
「…難しい問題ですね。これが禅問答、というものにございますか?」
「全てはお釈迦様の御心のままに。」
難しい顔をしたままの私を見て、和尚様が優しく顔を崩される。
「難い話はここまでと致しましょう。御方様、葡萄が残っておりますぞ。」
「あっ、違うのです。今日、お邪魔したのは…」
今日は九月十五日。
敬老の日、多年にわたり社会につくしてきた老人を敬愛し長寿を祝う日なのだから。
「…お疲れが溜まっていませんか?肩揉みをさせてください。」
「そのようなこと、滅相もない。」
「いいえ、迷惑でなければさせてください。」
「…」
「和尚様?」
「…これは参りましたな。ふむ…では、申し訳ありませぬがよろしくお願い致します。」
「ふふ、畏まりました。」
「っ、おいっ!Honeyに何させてんだ!?」
「これはこれは政宗様。男が悋気とは情けない。」
「Shut up!」
「政宗様、私が和尚様にさせてくださいとお願いしたのです。…政宗様もお肩が凝っていられるのですか?」
「…あ、ああ…。」
「でしたら、お城に帰ってからお揉み致します。」
「今すぐ帰るぞ、桃っ!和尚、くたばんなよ!!」
「あっ、政宗様!?」
2015.09.01. UPIT
2016.09.15. EDIT