「っ、…桃姫様…」
広縁で向こうから来た片倉様に絶句する。
足はピタリと床に吸いついたように止まり、瞬きを忘れて目の前にいる彼を凝視した。
「…」
「あの、桃姫様…」
「…片倉様…あの、そのお姿は…」
「俺のことはどうかお気になさらずにっ!」
…無理があるでしょうに。
この生真面目で、堅物で、威厳のある片倉様の頭についているものは…
…見間違いでなければ、猫耳ではないだろうか?
「…その、頭に着けているのは…」
「お気になさらずにっ!!それより桃姫様、『とりっかとり』にございます!!」
「え!?」
「『とりっかとり』、お答えは如何でございましょうか?」
いきなり聞いたことのない言葉に、疑問符が頭の中を駆け巡る。
どうしたものかと今一度顔を真っ赤にしている片倉様を見た。
私に対して膝をついている片倉様の頭が自然と目に入ってきて、思考が停止しそうになるが…。
それが逆にたつきとなった。
猫耳をつけ、『とり』から始まると言えば…
「…ああ、『Trick or treat』にございますね。奥州ではハロウィンを楽しむのですか?」
「やはりご存知でしたか。奥州と申し上げるより、政宗様がどうもお好きな様で…」
「異国の収穫祭ですから、政宗様はお好きでしょうね。実りをお祝いすることはいいことだと思います。」
「羽目をお外しにならねば、俺も賛成なのですが…。」
「ふふっ、お察しいたします。」
「それで桃姫様、『とりっかとり』のお答えは如何にございましょう。」
「『トリック オア トリート』ですよ。申し訳ありませんが、お菓子の手持ちはございませんので後で届けさせて頂きます。」
「…それでは決まり故、申し訳ありませぬが悪戯をさせていただきます。」
眉を顰めた片倉様がスッと立ち上がる。
気の毒そうな瞳を向けるなら悪戯をしないでほしい。
ビクビクと構えていれば、彼は頭から猫耳を取ると私の頭に着けた。
「…え?」
「本日はそれをつけてお過ごしください。俺からの悪戯だと言えば、この城の者は納得致します。」
「…これだと、部屋から出られないではないですか。この姿で城内を歩くのは流石に恥ずかしいです…」
「申し訳ありません。」
自身の仮装が解けたことが嬉しいのか、にこやかな笑みを浮かべて片倉様は行ってしまわれた。
頭の上に手を伸ばしてみたら思った以上にフワフワな感触に、どこで手に入れたのだろうとどうでもいい疑問がわいてくる。
けれどこの格好で城内を歩くわけにもいかず、私は諦めの息をつくと足を返して部屋へ戻った。
「桃姫、失礼するよー!」
ひょっこりと襖から顔を覗かせたのは成実様だった。
「うわっ、かわいいね!すっげー似合ってる!そんな桃姫に、『とりっく おあ とりーと』!!」
にっかりと笑った成実様は私の前に座ると、元気よく両手を差し出してきた。
彼の動きに合わせてチリンと高い音が聞こえてくる。
見れば成実様もまた猫耳をつけて、首には青い紐で結ばれた鈴があった。
「…喜多さんに人払いを頼んだはずなのですが…。」
「そうなの?喜多はどうぞって通してくれたよ?」
「喜多さん…っ!?」
「でー、『とりっく おあ とりーと』!!」
「…成実様もハロウィンなのですね。あいにくと今はお菓子を持ち合わせておりませんので、後程お届けにあがります。」
「ざんねーん!とりっくしちゃうぞっ!」
そう言うと、成実様はしゅるりと紐を外してニマニマと私に寄ってきた。
「成実様?」
「その猫耳、小十郎からでしょ?俺からは、これ。」
動かないでねー、と私の首に鈴をつける成実様が本当に楽しそうで…。
「あははっ、いいね!桃姫、かわいいっ!!今日はそれを外しちゃ駄目だよ!!」
「…」
「梵より先に見ちゃったー!自慢してこよっと!!」
「…おやめ下さい。」
「えー!?せっかくいいモノ見れたのに?」
「よくないです…。」
「いやっ、これは絵に残しておくべきだね。絵師、呼んでくる?」
「結構です!」
「んじゃ、やっぱ梵に自慢してくるっ!」
不気味な笑みを残していった成実様に、私は頭が痛くなった。
しかし、しばらく経つとそれなりに楽しめるような余裕が出てきた。
鏡で己の顔を映し出せば、化粧もしてみようなんて悪戯心が顔を覗かせる。
目元をはっきりとさせ、目尻を跳ね上げる。
陰影をくっきりとつけ、深めの紅を唇にのせた。
下瞼にあそびで足跡を描けば、それなりに出来あがった。
猫っぽくなったことを一人で楽しんでいると、鏡越しに襖が横に動いたのが分かった。
人払いをしたはずなのに…と振り返る。
「…Wow.」
「ま…さ宗様…」
「I was surprised. As for this, a cat seemed to totally change itself into a human being. You disguised yourself bewitchingly very much.」
「いえっ、これは…」
「Or is it an appearance of the kitty after a long absence?」
「…」
「Well, I don't care which one. … Kitty, trick but treat?」
今日は十月三十一日。
Halloween、秋の収穫を祝い悪霊などを追い出す古代民族のお祭りの日なのだから。
「お菓子をご用意してあります。」
「No. 聞いてなかったか?俺は『trick but treat』って言ったんだぜ?」
「っ…、言葉が違います!」
「俺は天下を狙う男だぜ?…どっちも手に入れる。」
「…」
「どれ、今宵のkittyはどんな風に啼くんだ?」
2015.10.01. UPIT
2016.10.31. EDIT