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花は輝き月は笑む 番外編
三秋の思い 02
「桃姫様。」
侍医が手を洗っている横で、喜多が袖で口元を抑えている。
桃花が起き上がろうとすれば、寝ていて下さいませと興奮気味に抑えられてしまった。
「…あの、もう大丈夫なのですが…」
「よいですか、桃姫様。御体、これまで以上に大切になさいますように。喜多が戻ってくるまで、静かに横になっていて下さいませ!」
「ですが、もう…」
「いけませぬ!横になっていて下さいませ!」
「…」
「よろしいですね!?」
「…はい。」
「私、侍医殿と共に政宗様にご報告して参ります。くれぐれもご無理はなさいませぬようにお願い致します。」
そう言い含めると、喜多は侍医の先を歩いて政宗が待っている部屋へ向かった。
誰もいなくなった部屋で、桃花は現状を整頓しようとぼんやりとしている頭を動かす。
両掌は自然と腹部にあてられていた。
「…まあ…そう、かな…とも思わなくはなかったけど。」
月に一度の報告が二回もなかった時点で、もしかしてと心の片隅で思っていた。
避けていたわけでもなかったし。
けれど…
「…どう思われるんだろう、政宗様は…」
それが分からなくて…。
これから先が怖くて、不安で…。
桃花は御衣を顔まで引き上げるとぎゅっと目を瞑った。
「政宗様、喜多にございます。」
「入れ。」
鋭い言葉が襖を隔てた先にいる当主の感情を物語っている。
喜多は殊更ゆったりとした動作で入室した。
政宗が脇息に凭れながら、頭を下げている喜多をじっと睨んでいる。
その左右には、義弟をはじめとした伊達三傑が険しい表情で正室の侍女頭を見つめていた。
彼等の迫力に、喜多の後ろに控えていた侍医の喉が鳴る。
「…Hey, 随分と待たせたな。」
「申し訳ございませぬ。『しっかりとお休み下さい』と桃姫様によくよくお願いして参りました故、遅くなってしまいました。」
「…そんなに悪いのか?」
政宗の顔が渋くなる。
「私が申し上げるより、侍医殿よりお聞きした方がよろしいかと存じます。」
「All right. …包み隠さず言え。誤魔化したり、回りくどい言葉を寄こしたりなんぞはいらねえ。」
「畏まりました。申し上げます…殿、まことに御目出度うございます。」
「An…?」
「御方様、御懐妊されてございます。」
「っ!?」
「お目出度うございますっ!」
己が仕える主に子が出来た。
その事実に、戦国武将達は素早く反応した。
目を丸くして言葉の出ない政宗に、三傑と喜多が低頭して声高に祝いを述べる。
「此度、御方様がお倒れになられたのは御懐妊による血病にございます。ご無理をなさらずに静かに過ごされて下さい。血病に効く薬をお出し致します。…殿。くれぐれも御方様の御身、大切になされませ。重ねて、まことにお目出度うございます。」
「お目出度うございますっ!!」
「…」
「梵…?」
「…桃が、懐妊した?」
「そうだって!おめでとう、梵っ!!」
「マ、ジか…!?」
「マジだって!ねえ、侍医殿?」
「はい、真にございます。」
「ほらっ!侍医殿もマジだって言ってるよ!!」
「マジか…俺の子が、桃の腹に…桃っ!」
呆然としていた政宗が、いきなり立ち上がる。
「政宗様っ!桃姫様はお休みになられていますので、お静かにお願い致しますっ!!」
愛妻の名を呼んで駆け出した当主に喜多は慌ただしく大きな声をかけ、仕方のないお方だと頬を緩ませて送り出す。
家臣達は顔を見合わせた。
瞳が潤んでいる者、口元が引き締まらない者、大きく頷いている者。
誰もが喜びに満ちた顔をしていた。
「桃!!」
「まっ、政宗様…」
スパンと外れるのではないかというぐらいの勢いで開けた政宗に、桃花はビクリと肩を揺らす。
それから起きようと腹筋に力を入れたところで否と言われてしまった。
「ですが、政宗様がいらしているのに…」
「俺がokayと言ってるんだ。無理するな。」
「無理はしていませんが…。」
「…アンタ、倒れたんだろ?」
「…」
「喜多から聞いてる。黙ってたって隠せないぞ。大体、そんなんで庭に出るなんて…」
「…大丈夫だと思ったのですが、貧血で…。けれど、もう…」
「それを無理してるって言うんだ。」
深く息を吐きながら政宗は桃花の肩に手を添える。
起こしてくれそうな素振りに身を捩れば、後ろに回り込まれ彼自身が背凭れになった。
首筋に顔を埋められ柔らかく口付けてくる政宗に、桃花は抵抗できずにされるがままになっている。
しばらく愛妻の温もりを堪能していた政宗は、添えていた手を抱きしめるように力を込めた。
心なしかその手が震えているように感じ、桃花は大きなそれに己の手をそっと這わせる。
そうすれば彼の君の顔はますます首筋に埋められ、鋭い痛みと共に政宗の唇から甘い音が鳴った。
「ぁっ…」
「…Thanks.」
「政宗様…?」
「子…腹ん中にいるんだろ?」
「…まだ全然実感がないのですが…」
「よくやった。体、大事にしろよ。」
「…ありがとうございます。」
「本当によく俺の子を宿したな。くれぐれも無茶だけはするなよ?」
「はい。」
「桃…愛してる。」
「政宗様…」
労わりの心に涙腺が緩む。
桃花は体を返し、その身を預けるように政宗に抱きついた。
驚いた政宗の左目が大きく開かれる。
その瞳が柔らかく細められ、随分と長くなった黒髪を梳くように撫でた。
I love you. が耳元でさやめく。
背に回された腕がきつく包み込んだ。
その抱擁がただ無暗に密着させればいいという勢いだけではなく、どこか余裕を持たせられていて今までにない優しさを感じさせる。
それがまた一層、桃花の目際に透明な膨らみを増やした。
2016.01.14. UP
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夢幻泡沫