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花は輝き月は笑む 番外編

三秋の思い 03 



「桃の御方っ!?こんな所にいていいのっ!?」

ぎゃあっ!と大きな声で騒ぐ成実に、桃花は慌てて人差し指を己の口に当てる。
桃花の懐妊が分かってから、周囲の彼女に対する呼び方が変わった。
子を産むのにいつまでも『姫』は桃花を軽んじている、と『桃の方』と呼ばれるようになった。
だが、政宗は相変わらず『桃』と呼ぶ。
桃花は変わらずにいる夫君に恥ずかしくも嬉しく思い、くすぐったい気持ちだった。

「成実様!…ご内密に。」
「てか、梵呼ぶよー!」
「駄目です。内緒でお願い致します!」
「だって危ないじゃん!腹が出てきてるのに、御階(みはし)のぼって天守に来てるとか!!」
「ここからの景色を見たかったのです。今日のような天気の良い日は特に綺麗ですので。」
「そっかー、綺麗だもんね。…って、誤魔化されないよ!黒脛巾、いるでしょ!梵に報告っ!!」
「成実様っ!!」

天井に向かって声高に叫べば、了承の合図なのか桃花でも分かりやすいぐらいの足音が遠ざかった。

「梵、どれくらいで来ると思う?俺はねー、息を五十回吸ったぐらいかなー?」
「…」
「でも、その前に喜多が来ちゃうかもね。」
「…成実様が内密にして下されば…」
「そんな恨みがましい目で見ないでよー。」

困り切った顔で成実は桃花の前に座る。

「みんな、桃の御方が大切なんだって。分かってよ。」
「そのお気持ちはありがたいですが…本当に心配されるほどでは…」
「だーめ!万が一、子に何かあったらどうすんの?男だったら伊達の嫡子なんだよ!?女子だとしても梵の長子になるんだよ!?それに桃の御方にも何かあったら、梵が…」
「Hey, honey…俺の目を盗んでこんな所に居やがったか。」
「…政宗様…もういらしたのですか…」
「成、よくやった。もういいぞ、下がれ。」
「は!?え!?ちょっと、梵!俺の扱い、酷くない!?」

五十も数えないうちに荒い足音と共に政宗が天守に駆け上がってくる。
彼の勢いに呆気に取られている桃花の腕をぎゅうと掴むと、政宗ははあ…と深く溜息をついた。

「頼むからおとなしく部屋にいてくれ。気が気じゃねえ。」
「ですが悪阻も収まりましたし、安定期に入りましたし…適度な運動は必要だとお聞きしています。成実様にもお話したのですが、ここからの景色は本当に綺麗で心が洗われるようなのです。それを見たくて…」
「体の調子は?」
「御階をのぼったので少しお腹が張っていましたけれど、ここで休んだので問題ありません。」
「それを無理してるって言うんだろ!?と言うか、どれくらいここにいたんだ!?」
「…」
「答えられないぐらいなんだな!?そもそも、天守への御階だって細くて急なんぞ!」
「…申し訳ありません。」
「っ…悪ぃ、言い過ぎた。だが、頼むからおとなしくしててくれ。子を産むまではせめて庭で我慢してくれないか?」
「そうだよー、桃の御方!」
「成はうるせえ!まだいたのか?」
「え!?え!?マジで俺の扱い、酷くねー!?」
「お二人共、騒がしゅうございます。お静まりなさいませ!」

張りのある声にビクリと体を揺らして振り返ると、御階の下り口に喜多が立っていた。
その横には小十郎が並び、渋い顔を作っている。

「政宗様、政の途中にございます。」
「分かってる!けど、桃が…」
「己の奥方を言い訳に使うとは…政宗様、喜多は悲しゅうございます。」
「Shit!」
「政宗様は政にお戻り下さい。小十郎も、成実殿も、この場は私に任せて政宗様と共に戻られますように。」
「桃の方様、御体の具合は如何でございましょうか?」
「問題ありません、片倉様。」
「政宗様、桃の方様もこう仰っていますのでお戻りください。政が立ちいかなくなっては元も子もございません。」
「…All right. だが桃も一緒に戻るぞ。」
「私はもう少しここに…」
「駄目だ。腹が張ってんなら部屋で休め。俺が連れてってやるから。」

な、と覗き込んできた瞳は思いの外弱々しい。
桃花が小さく了承すると、安心したように歯を見せた政宗は妻を抱き上げようとした。
それを断り歩き出した身重の正室に、城主はもちろん重臣の小十郎も成実もはらはらと見守る。

「あっ…と。」
「っ、桃の御方っ!?」
「桃の方様っ!?」
「っ…桃、大丈夫か!?」
「大丈夫ですよ。躓いただけです。」
「ああっ、くそっ!!やっぱり俺が…」
「大丈夫です。ゆっくり下りれば問題ありません。」
「俺が先に下りる!桃はそこで待ってろ!」
「梵っ、俺も先に下りるね!」
「政宗様も成実殿も落ち着きなされませ。お二人が騒いでどうなるのですっ!」

桃花の懐妊が分かってから城は賑やかになった。
少しでも城主夫人の体に不都合がありそうなものなら、政宗や成実達が大袈裟に声を上げてやまない。
小十郎や綱元はそこまで騒ぎたてなかったものの、過保護になってしまって仕方なかった。
喜多の一声でいったんは収拾するが、それがいつまで続くやら。
窮屈な思いはしていたが、全て己の身を案じてくれてのことであるのは桃花も分かっている。
クスクスと笑いを零しながら慎重に御階を下りる桃花の先には、両の腕を目一杯伸ばした政宗がいた。


2016.01.21. UP




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夢幻泡沫