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花は輝き月は笑む 番外編

三秋の思い 04 



雪がちらつく奥州。
体を冷やすことのないようにと厳命された桃花の部屋は温かかった。

「お、蹴った。」

妻の腹から振動を感じ、政宗はそこに手を当てる。

「奇妙なもんだな。アンタの腹の内から衝撃がくるなんて。」
「もうずっとこうではありませんか。この子もここまで大きくなりましたし、蹴られて痛い時もあるのですよ。」
「Well, それだけ元気なら男だろうな。早く生まれて来い。」

優しく摩りながら言う政宗に、桃花の口端も緩く上がる。

「そろそろ産まれてもよい頃だろうと侍医様に言われております。もう少しで会えますね。」
「ああ、乳母も既に目星をつけてある。心配するな。」
「…乳母、ですか…」
「桃が安心できる者を選ぶ。のちのち騒動が起きることのないようにな。」
「…そのことなのですが…」

急に桃花の声が落ちてしまったことを政宗は怪訝に思う。
腹を触っていた手を離すと、目の前にある艶めいた黒髪を梳いた。

「どうした?」
「あの…」
「桃?What's up?」
「あの、乳母は…」
「小十郎の室、あー…蔦と言ったよな。小十郎を通して話を進めてる。」
「…」
「桃?」
「乳母は…」
「何だ?」
「乳母はいなくては駄目ですか?私は…この子を己の手で育てたいです。」

驚いたように動きを止めて桃花を凝視する政宗に、桃花は早口で捲し立てた。
彼女が夫に意見するなど珍しいこと。
政宗も探るようにして桃花の言葉に耳を傾けた。

「頭領の子ともなると相応の教えが必要なのは分かります。そこについては口出しできないことも弁えているつもりです。虎哉和尚様のような立派な方に我が子を託したいですし、片倉様のような腹心がいてくれることを願っています。ですが…乳母は…」
「…乳母は『つける』『つけない』じゃねえ。『つけられる』か『つけられない』か、だ。奥州筆頭の子ともあろうヤツに乳母がいねえのはいただけねえな。」
「乳母の全てを拒否しているわけではないのです。勉学に関しては、先ほど申し上げた通り政宗様の差配を信じております。ですが…私は、この子を己の母乳で育てたいな…と、思いまして…」
「…」
「礼儀や作法は、乳母の方に任せれば間違いないでしょう。ですが、我が子が成長する様をこの目で見て、この肌で感じて、私も一緒に成長したいです。喜びも悲しみも…」
「…I see. 桃の言いたいことは分かった。一晩考えたい。時間をくれないか?」
「もちろんにございます。…申し訳ありません、我儘を…」
「気にするな。Honeyの我儘だったらいくらでも聞いてやりてえからな。」
「…例えるのはおこがましいことですけれども、傾国になるつもりはございません。出来ない時は『出来ない』とはっきり仰ってください。理由ぐらい聞くかもしれませんが。」
「桃…」

申し訳ありません、と困ったように微笑む桃花に政宗も緩く首を振る。

この二人きりの穏やかな時間もじきになくなるのだ。
だが、それは伊達の新しい世代がはじまると言うこと。
悪くねえ。

愛妻に意味なく戯れながら、政宗の口は三日月を描いた。



「んっ…」

その時は唐突に来た。
ツキリと痛んだ下腹部に違和感を抱く。
それが等間隔で起こるとなると、もう決定的だった。

「…政宗様。」
「ん?」
「始まったようです…お産が。」
「W… What!?」

ガバリと立ち上がり目を丸くしたままの政宗が固まる。

「あ…え…始、まっ…た…?」
「ですから、陣痛が来たようです。喜多さんを呼んでいただけませんか?」
「あ…ああっ!喜多、喜多っ!!それに小十郎もだっ!!」
「あの、片倉様は…」

城主の尋常ではない呼び声に、二人とも即座に駆け付けた。
ついでに血相を変えて成実も付いてきたのだが…。

「梵っ!どうしたの!?」
「お前は呼んでねえっ!すっ込んでろっ!!」
「ひどっ!!」
「小十郎、桃が産気づいた!どうすりゃいいっ!?」
「はっ…今、なんと…?」
「だから生まれそうなんだとっ!俺は何をしてやれる!?」
「…え…ええ、と…湯と布と…」
「Okay!成っ、湯と布を用意させろっ!!」
「わかった!!」

バタバタと場内を駆け回る成実の足音が聞こえてくる。
少しして戻ってきた彼の手には、桃花のためなのか湯呑みに入った白湯と綺麗な布地があった。

「これでいい?違う柄が良かった?」
「…あの、成実様…」
「桃っ!湯はこれで足りるか!?」
「いえ、あの…おそらく…」
「小十郎、これでいいんだろ!?」
「は…。あ、いえ!飲むためのものではなく、産湯として…」
「Shit!成っ!!」
「えっ!?そんなの分かんないよー!!」
「とにかく大量の湯を用意して…」
「成っ!!」
「御三方!!」

ピシャリと動きを止めたのは、伊達家中で最強の称号を手にする桃花の侍女頭だった。

「落ち着かれよ!これではお生まれになりませぬ!!」
「… Oh, sorry…」
「まず殿方がこの場にいることがおかしゅうございます!小十郎、そなたは子がおるであろう!何故そのように慌てておる!!」
「はっ…」
「政宗様と成実殿をお連れして、早々に出られよ!そなたは一度冷や水を頭から浴びるがよい!!」
「…見苦しいところをお見せしてしまいました。桃の方様、平にご容赦を。」
「いえ…」
「政宗様、我等はこの場を離れましょう。義姉上にお任せすれば間違いありませぬ。」
「だが、桃が…」
「政宗様、侍医殿の他はお産に男では必要ありませぬ。むしろ邪魔になるだけにございます故、どうぞ御部屋に戻っていて下さいませ。」
「…喜多に任せる。桃と子を頼むぞ。」
「勿体なきお言葉にございます。私の命に代えましても、ご無事にお生まれになられるよう最善を尽くす所存にございます。」

何度も心配そうな顔で振り返りながら、政宗は桃花から離れた。
喜多は言い聞かせるように女主人を励まし支える。
痛みの感覚が段々と短くなり、汗が滲み出て止まらない。
強くなった痛みをうまく逃せず、呼吸が止まりがちになる。
気の遠くなるような激痛に、何度意識を飛ばしかけたことか。
その度に喜多は桃花を叱咤激励し、守り抜いた。



光り輝く陽の星が二回昇った時に、力強い産声が伊達の城に響き渡った。


2016.01.28. UP



80000HITS記念リク。
なお様より『花は輝き月は笑む番外編、夢主の懐妊から出産まで』です。
初めての懐妊、出産で政宗様や小十郎、成実たちがテンパる、できればにぎやかに。
と、ご要望いただきました。
成ちゃんは容易に想像できたのですが、こじゅが…。
こじゅがテンパる…?
と小十郎に負けないぐらい眉間に皺を刻みこみました。
余談ですが、いいトコロの跡継ぎ問題って慎重にならざるを得ないですよね。
個人的に蔦さんが次代を仕切ってくれるんじゃないかなぁと思い、乳母候補に挙げました。

なお様、リクエストをどうもありがとうございました。
テンパっていますか!?
にぎやかになっていますか!?
なお様の優しいお気遣いで夢主ちゃんも安心できましたっ!!




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夢幻泡沫