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花は輝き月は笑む 番外編
甘露の日和 02
「政宗様、重ね重ね申し上げます。政宗様は奥州を束ねる御方なのですぞ。くれぐれも無茶をなさいますな。それと、なるべく早うお戻りください。ああ、それから…」
「Hey, 小十郎!俺はガキか?」
「…」
「…何だよ、その目は。」
じとりと睨みを効かしているのは、竜の右目。
その瞳は『やっていることは昔から変わりませぬ。』と主を諌めている。
「…此度は桃の方様も虎菊丸様も御一緒なのです。お一人で先走る事のなきようにしてくださいませ。」
「All right, all right. 無茶はしねえよ。」
聞き流すように肩を竦めると、政宗は手綱をしなやかに振った。
嘶きと共に馬が走り出す。
「Let's go, 虎菊!行くぞっ!桃、しっかり掴まってろよ!!」
「やーはーっ!!」
「すみません、片倉様!行って参ります!」
「どうぞお気をつけて。」
戦場で先頭に立って駆け回る政宗の操馬は、普段から荒っぽい。
桃花は落馬しないようにぎゅっと夫の腰に腕を回した。
横座しているので、すぐ隣を並走する虎菊丸がよく見える。
戦国の世が終わったとはいえ、伊達は武門の家柄。
虎菊丸は蔦を乳母とし、伊達三傑を後見とし、小十郎の子である弥左衛門を小姓とし、当代随一の教育を受けてきた。
だから乗馬はお手のものらしい。
余裕の表情で楽しそうに駆ける己が子に、桃花はハラハラしていた。
「虎菊、もう少しスピードを落として…」
「抑えるな、桃。あの歳でここまでspeedを出せるヤツはなかなかいねえ。大したもんだ…が、まだまだ俺には敵わねえな。」
「…政宗様が虎菊のお歳の頃はとても内気な子だと評判のはずでしたが?」
「ぐっ…honey, 誰に聞いた?」
「ふふっ、教えられません。」
疱瘡の影響で右目を…母の愛を失い、政宗は内向的になってしまった。
それを叱咤激励し奥州の覇者になるまで側で付き従ったのが片倉小十郎景綱。
…ということはこちらに来る前から知っていた。
桃花の忍び笑いに政宗はバツが悪そうに舌打ちをした。
「…アンタにゃ強く出れねえな。」
「そんなことありませんが…やはり、もう少しスピードを…」
「問題ねえ。こう言っちゃなんだが、虎菊は桃よりもよっぽど巧みに乗りこなすぜ。」
「それは分かっておりますが…」
「アイツも武士の端くれだ。馬ぐらい己の手足のように操れねえでどうする。体で覚えなきゃいけないもんを危ねえからってやらせなかったら、いつまで経っても虎菊は俺の後を継げない。そんなんじゃ家中に示しがつかねえだろ?」
「…」
「Don't worry. 男はそうやって育つんだよ。」
心配すんな、と桃花の頭頂部に唇を落としながら政宗は諭す。
「きゃっ!?政宗様っ、前をしっかり見てくださいませ!危ないですっ!」
「Ha, 俺が桃を落とすわけねえだろ!虎菊、are you ready?」
「やーっ!」
「Speed upするぜ!Come on!!」
「やーっ!!」
父親の鼓舞に満面の笑みで虎菊丸は手綱を握り締め直す。
桃花を己の腕の中に抱え直すと、政宗は息子の様子を気に掛けながら上田への路を駆けた。
政宗一人ならば上田まで休まずに行けるかもしれない。
けれど、桃花と虎菊丸が一緒ではそうもいかなかった。
夕暮れ迫る頃、三人は宿場町で馬を止めた。
今夜の宿はここになりそうだ。
通されたのはおそらく一等良い部屋なのだろう。
政宗も満更ではないという顔で見回していた。
「さて、今日はもうゆっくりとするだけか。」
「はい。藤次郎様、夕餉はどうしましょうか?」
政宗と桃花には忍んで城外へ出る時の約束がある。
『政宗』などと呼んでしまってはすぐに露見してしまう為、『藤次郎』と呼ぶ事になっている。
どちらも己の名なのだが、呼ばれ慣れていない分こそばゆく感じる。
そして、秘密にしている分だけ特別に感じる。
政宗は緩む頬を懸命に引き締めて桃花を見た。
「ここは夜市があるらしいぜ。後で行ってみないか?」
「市ですか、楽しみです。」
「だっど!おれ、今いきたいっ!!」
「An?今からか?」
「いえすっ!」
下からキラキラと目を輝かせ見上げてくる虎菊丸に、政宗はどうしたものかと桃花に視線を送る。
「…どうする?」
「そうですね…藤次郎様は疲れていませんか?」
「No.」
「それでしたら、参りましょうか。早めに戻ってくればいいのですから。」
「Okay. よかったな、虎菊。桃の許可が下りたぞ。」
「さんきゅー、まむ。」
「You're welcome.」
興奮している虎菊丸が落ち着くように穏やかに微笑むと、桃花は準備を始めた。
2016.12.19. UP
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夢幻泡沫