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花は輝き月は笑む 番外編

甘露の日和 03 



まだ陽が落ち切っていない街は賑やかな喧騒に包まれている。
客を呼び込む宿や食事処、店じまいを始める各店舗。
そして中心部から外れたところで準備を始める夜市の屋台。
もう客が入っている屋台もあり、虎菊丸は頭を右に左にと忙しそうに振っていた。

「だっど、まむ!あっちを見てきていいか?」
「虎菊、待って!」
「何、まむ?」
「一人で行っては…」
「わっ!!」

桃花の注意が仇となった。
後ろを振り向くようにして進んでいた虎菊丸がぶつかってしまったのだ。
ガラガラと言う鈍い音と共に土埃が舞う。

「虎菊っ!」

桃花の顔から血の気が引く。
慌てて走り寄ると、そこには薄い板らしきものが散乱していた。
虎菊丸ともう一人が倒れている。
己が子と同じくらいの少年だった。

「虎菊、大丈夫?」
「いってえ…」
「痛い!?どこか怪我でも…」
「大丈夫、まむ。ぶつかっただけだ。おい、お前っ!!」
「…何だよ、そっちがぶつかってきたんだろ?」
「なっ、何だと!?」
「虎菊、止めなさい。前を向いて歩いていなかったあなたの不注意よ。」
「…」

かっとなって立ち上がった虎菊丸を見て、怪我がなくてよかったと桃花はようやく胸を撫で下ろす。
相手の少年を見ると彼も立ち上がっていたので、少なくとも酷い怪我はないようだ。

「…ごめんなさいね。怪我はなかった?」

念の為、どこか痛いところはないか聞く。
すると、少年は驚いたように桃花を見た。

「…おれを心配してくれるのですか?」
「ええ、もちろん。ぶつかってしまったのはこちらなのだから、きちんと謝らないといけないし…」
「えっ!?お姫様がおれに?」
「そうよ?」

何を驚いているのだろう。
桃花は首を傾げながらその少年を見た。

「虎菊、桃。Are you okay?」
「だっど!」
「藤次郎様。ええ、私達は平気です。この子も…あなた、お名前は?」
「…源吉。」
「源吉くんも心配なさそうですが…虎菊、きちんと謝りなさい。」
「わっと!?何でおれが!?」
「先程も言ったでしょう?あなたの不注意でぶつかったの。だから謝りなさい。」
「でも…こいつ、町人だろ…」
「…虎菊丸。」

桃花の態度に虎菊丸はギクリと肩を揺らした。
いつもの穏やかな声ではない低い牽制するような声と、『虎菊丸』と言う正式な呼び方。
真面目な話をする時や叱られる時の合図だ。
虎菊丸はしょぼんと肩を落とし、母親の正面に立った。

「母上…」
「いつも言っています。身分など関係ない、と。己が間違ったのならば、誰に対してでも素直に認め謝るのが人として最低限の礼儀です。」
「…」
「忘れましたか?」
「…覚えています。」
「ならば、どうすれば良いか示しなさい。」
「はい…」

重い足取りで源吉の前まで行くと、ぽつりとすまなかったと虎菊丸は言った。
先程までの元気な様子はどこへ行ったものか。
けれど己にとって嫌な時間になることは間違いないのに、逃げなかった虎菊丸を立派だと思う。
桃花は不貞腐れ気味で戻ってきた虎菊丸の手を取ると、目を合わせるために膝を折った。

「しっかり謝れましたね。偉いわ、虎菊。」
「まむ…」
「私が声を掛けたから振り向いたのよね?ごめんなさい、虎菊。」
「のー!まむのせいじゃないっ!!おれが前を見てなかったから…」
「己の失敗に向き合える子は成長できる子よ。虎菊がそんな子で嬉しいわ。」

きゅうと我が子を抱きしめて大好きと囁けば、みーとぅー!とはにかんだ笑顔が返ってくる。
桃花はにっこりと笑って虎菊丸から離れた。

「さあ、板を拾いましょう。虎菊も手伝ってくれるわね?」
「おふこーす!」

一転して楽しそうに拾い始めた虎菊丸に、桃花の目が三日月になる。
あらかた集め終わったので源吉へ渡そうとすると、彼の顔が曇っていた。

「…どうかしたの?」
「いえ…」
「もしかして割れてしまったかしら?使いものにならなくなってしまったとか…」
「…兄上に相談します。拾ってくれてありがとうございました。」

源吉はそう言うとタタッと走っていってしまった。
声をかける間もなく行ってしまった源吉に、桃花は不安になる。

「…藤次郎様。あの子のお店へ行ってみてもよいですか?」
「ああ、構わない。」

じっと様子を見ていた政宗は小さく息を吐き出すと、虎菊丸の頭をぐしゃりと撫でて歩き出した。


2016.12.26. UP




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夢幻泡沫