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花は輝き月は笑む 番外編
甘露の日和 04
「あっ、いた。」
虎菊丸の指した方向を見ると、源吉が青年に何か言われていた。
遠目から見ても分かるそれは、叱られている状況だ。
「あの!」
桃花は思わず小走りで寄った。
「…何か?」
「もしかして源吉くん…叱られてしまっていますか?申し訳ございません。息子が源吉くんとぶつかってしまい、板を落としてしまったのです。それで板が汚れて、こちらへ戻るのも遅くなってしまったのです。」
「…本当か?」
「…」
「源吉。」
「…はい。」
「…そうでしたか。弟が大変失礼を致しました。御子様にお怪我はございませぬでしょうか?」
「ええ、ありません。源吉くんの方こそ、後から怪我は見つかりませんでしたか?」
「うちのは丈夫なのが取り柄ですから、御心配下さらなくてけっこうにございます。それより、申し訳ありませぬ。御武家様の御手を煩わせる事になってしまい…」
「とんでもない。私達こそ、ご商売の邪魔をすることになってしまい申し訳ありませんでした。あの、こちらは一体なにをお売りになっているのでしょうか?」
「団子を売っております。いつもは母上も共に参っておりますが、今日はあいにくと体が思わしくなく源吉と二人で参りました。」
「それなのに板を汚してしまったのですね。重ね重ね、申し訳ございませんでした。この板、洗えばまだ使えそうでしょうか?」
「はい、割れておりませんので問題ないと思われますが…あの、御武家様?」
「ならば、お詫びとして私達に洗わせてください。」
桃花の突然の申し出に、源吉の兄は咄嗟に言葉が出てこなかった。
「藤次郎様、己の失敗を己で取り返すのもまた大事なことでございますよね?」
「ああ。」
「虎菊、チャンスよ。どうする?」
「あらう!」
「ふふ、いい子。私にも手伝わせてね。」
「さんきゅー、まむ!」
「桃、すぐそこの川で洗うといい。俺から見える位置でな。」
「はい。虎菊、頑張ろうね。」
「やー!」
「御っ、御武家様にそのようなことは…」
「諦めな。桃はああ見えて頑固だ、一度言った事は換えねえぞ。」
「…源吉も共に洗って来なさい。」
呆気に取られていた源吉の兄が一度は断ろうとしたものの、仕方なしに弟に指示を出す。
はいとしっかりとした返事をした少年についてく妻子を、政宗はクツクツと笑いながら送り出した。
どこで洗い出すかきちんと見届けた後、屋台の中を珍しそうに見回す。
そこまで広くない屋台の中、料理することが趣味の一つでもある政宗は面白そうに目を輝かせた。
「なあ。」
「何でございましょう?」
「少し俺にいじらしちゃくれねえか?」
「は…?」
そう言うと、源吉の兄の返事も聞かずに鼻歌を歌いながら腕を捲った。
「こうやって洗うんだよ。」
源吉が手慣れた仕草を披露する。
対して、虎菊丸は初めての経験。
覚束ない手付きながら見よう見まねで懸命に板を洗っている。
歳が近いであろうこの二人はいつの間にか仲良くなっており、源吉は嬉しそうに先輩風を吹かせていた。
その横で桃花も丁寧に板を洗いながら微笑ましく二人を見守っていた。
「ねえ、源吉くん。」
「何ですか?」
「…板が汚れてしまったこと、お兄様にきちんと説明しなかったの?」
「はい。」
「どうして?源吉くんが悪いわけではないのだから、きちんと説明すればお兄様も分かってくれたと思うけど。」
「…」
「遠目から見て、一方的に叱られているように感じたわ。…どうして?」
「…虎菊丸様も叱られたからです。」
「え?だけど、あれは虎菊が悪かったでしょう?」
「でも、虎菊丸様はちゃんと叱られました。ぶつかってきたのはそうかもしれませんが…よけられなかったおれも悪いですから。おれだけ逃げるのはひきょうです。」
「源吉くん…」
「虎菊丸様が叱られたのならば、おれも叱られます。」
「…まだ子供なのにしっかりしているのね。立派だわ。」
桃花は目を瞠りながら源吉を見た。
真っ直ぐに桃花を見て真剣な眼差しで意見する源吉に、驚きを隠せない。
宿場町とは言え、城下から外れた言わば片田舎にこのような少年がいるとは…
桃花はじっと源吉を見つめた。
その視線に恥ずかしく思ったのか、源吉は桃花に頭を下げるとまた虎菊丸の隣で板を洗い始めた。
三人で洗えばあっという間に汚れも落ちる。
競うようにして板を屋台まで運んだ虎菊丸と源吉に、中から政宗が上機嫌でぬっと顔を出した。
2017.01.09. UP
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夢幻泡沫