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花は輝き月は笑む 番外編

甘露の日和 06 



「楽しかったですね、政宗様。」

虎菊丸の肩まで衾を持ち上げながら桃花が話しかける。

「まあ、悪くはなかったな。」
「虎菊にとっても、いい経験になったのならばよいのですが。」
「滅多にできねえからな、あんなこと。なのに、honeyは慣れていたように感じだぞ?」
「昔…私の育ったところで模擬店を何度かした事があったので、混乱せずにすんだのかもしれません。」
「模擬店?」
「はい。先程のように商品を販売するお店を出した事があるのです。」
「へえ。」
「友人達と交代しながらお客を呼び込み、商品を作り、売買して…とても楽しかったです。」
「なるほどな。道理で慣れているわけだ。」
「長くても三日という期間限定だったので楽しいだけで終わりましたけれど、生業としている人は楽しいだけではすまないと思います。」
「ああ。」
「源吉くん達も…」

そこで少し言い澱んでから、桃花は政宗の前に座り直した。
考える素振りを見せる妻に、政宗も崩していた姿勢を心持ち正す。

「源吉達が、どうした?」
「あの、源吉くん達は町の人…でしょうか?」
「…なぜそう思う。」
「板を洗っている時に源吉くんになぜ黙って叱られていたのか聞きました。虎菊が叱られたのだから己だけ逃れるわけにいかないと、源吉くんは申していました。まだ子供だというのに立派な、と思うと同時に…勝手な思い込みかもしれませんが、武士の子のような印象を受けたのです。それに言葉遣いも丁寧でしたし、動きもどこかきびきびとしていましたし、頭の回転もなかなかでしたし…どうにも町人らしくないと感じてしまって。」
「Ha, 桃もそう思ったか。」
「では…」
「ああ、源吉の家族はおそらく武家だ。」
「そう…ですか。なぜあのような暮らしを…武家と言えど、城外にはそのような家族は多いのですか?」
「まあ、いないとは言い切れないな。」
「…難しい事にございますね。皆が好きな事や得意な事で生活していくのは…」
「…」
「申し訳ありません。政宗様が日頃より心を配られていらっしゃることですのに…その、知ったような口をきいてしまい…」
「いや、まだまだやる事があるってことだろ?市井を知ることができた。小十郎達を置いてきて正解だな。」
「…」
「桃?」

黙ってしまった桃花を政宗は訝しむ。
桃花が暮らしているのは城の中で、そこにいるのは当たり前だが武士ばかり。
彼等しか知らない桃花が源吉達のような武士に驚くのも分かるが…実のところ、少なくないのだ。
戦が終わり、武士の一番の勤めはなくなった。
だから、武力だけで仕えてきた者達は城の中に仕事がなかった。
政宗はそれらの者達にも仕事を与えていたが、それでも全員分はない。
そうしてあぶれた者達は順々に町に溶けていった。

…まだ桃に奥州の端を見せるのは早かったかもしれない。

政宗は後悔した。

「桃、源吉達のことだが…」
「…お城で働いてもらうという事は…あ、いえ…」

言いかけて桃花は口を噤んだ。

…似ている。
上田に来てしまった時と。
どこから来たのかも分からず行くあてもない身に、幸村様は手を差し伸べてくれた。
あの時、幸村様に私は何と言ったか。
上田のお城で面倒を見てくれると言った幸村様に、『それはダメだ』と言ったはずだ。
前例を作ってしまう、幸村様は行くあてのない者全員の面倒を見るのか、と。
城主がそんな簡単に受け入れていいのか、とも言った。
この状況で源吉くん達にお城で働いてもらう事になったとしたら、町に降りていった他の人達はどう思うだろうか?
同じく城で働きたいと言われて叶わなかった場合、依怙贔屓と取られるかもしれない。
…それは、政宗様のためにならない。

桃花は噤んだ唇をきゅっと噛みしめて、首を緩く振った。

「…何でもございません。政宗様、何か仰いましたか?」
「…まず桃の話が先だ。何を言おうとしていた?」
「いえ…気になさらないでください。考えをまとめないうちに口にしてしまったので…」
「そうか?」
「はい。政宗様のお話は何でしょうか?」
「いや、俺のも大したことねえ。…Ah〜, 寝るか。慣れない事して疲れただろ?明日も馬で行くしな。」
「はい。」

虎菊丸を挟んで所謂『川の字』で横になると、桃花は静かに眠りにつく。
彼女の意識が沈むのを見計らって、政宗は頭を持ち上げると手で支えた。
瞼を閉じ規則正しい呼吸をしている妻の寝顔に、先程言いたかった事を想像する。

…おそらく。
源吉達を城で働かせてやりてえ、と思ったんだろうな。
だがあれこれ考え、その思いを取り下げたんじゃねえか?
なあ、honey.
アンタの事は何でも知りたいんだ。
一人で考え、negativeになって、思いを心に閉じ込めるんじゃねえよ。
聞かせてくれ、アンタの思いを。
共に考えさせてくれ。

政宗はふっと息を吐き出すと、体を乗り出して桃花の寝顔をもう一度見た。
ついでに虎菊丸の頬を人差し指で軽くつつくと、今度こそ政宗も体を横たえた。


2017.01.30. UP




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夢幻泡沫