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花は輝き月は笑む 番外編
甘露の日和 07
翌日は、街道から離れて木々の中を疾走した。
桃花などは枝にぶつかるのではないか、根に足を取られるのではないか、方向はあっているのか、などと冷や冷やしていたが…。
政宗と虎菊丸は気持ちよさそうに馬を駆けさせている。
夫に掴まっている事しかしていないはずの桃花が一番気疲れをしていた。
「…桃、少し休むか?」
「上田に着くのが遅くなりませんか?」
「少しくらい問題ないだろ。Honeyが体調を崩す方が問題だ。」
「…でしたら、少し休みたいです。」
「虎菊、この先に川がある。そこに着いたら休憩だ。」
「おーけーっ!」
政宗の言った通り、幾分か走ったところに川が見えた。
木陰に桃花を下ろし、政宗と虎菊丸は馬に水を飲ませに行く。
きゃあきゃあと喜ぶ虎菊丸の声が心地よく広がっている。
桃花は風で遊ばれる髪を押さえながら、離れた所から愛する夫と子が戯れる光景を微笑ましく見ていた。
その時、彼女の後ろからガサリと言う音が聞こえてきた。
振り返った桃花の目に、みすぼらしい身なりの男が数人ほど映った。
「…こんにちは。」
ゆっくりと挨拶をした桃花だったが、男達は無言のまま視線を交わし合う。
やがて頷き合うと、彼女にじりじりと近寄ってくる。
本能的に立ち上がった桃花は政宗達の方へ走り出した。
しかし、それよりも早く男の一人が桃花の胴に腕を回した。
「…っ、やっ!!」
「大人しくしてくれ。傷つけたくないんだ。」
「放、してっ!藤次郎様っ!!」
「騒がないでくれっ!」
空いている方の手で桃花の口を塞ぐ男は、乱暴な手段に出た割には複雑な表情をしていた。
桃花がそれに驚いて一瞬だけ動きを止めた時、大声で名前を呼ばれた。
「桃っ!!」
「まむっ!!」
助けて下さい!
そう叫びたいのに口が塞がれていて言葉にならない。
「てめぇ等っ!!桃を放しやがれっ!!」
「来ないでくれっ!この女がどうなってもいいのかっ!!」
「っ、な…っ!?桃っ!!」
「母上をはなせっ!!」
「うるせえっ!この女が殺されたくなければ刀を捨てろっ!!」
「…っ!」
刀を手放してしまえば、丸腰で立ち向かわなくてはならない。
もちろん、負ける気はさらさらない。
けれど桃花が人質に取られ、虎菊丸もいる。
思うように動けないのは必至だった。
なかなか刀を手放せないでいると、男たちが研いでいないぼろぼろの抜身を桃花に向けた。
すっと背筋が凍る。
桃花を見れば、恐怖に顔が固まってしまっていた。
政宗が唇を噛む。
虎菊丸はどうすればよいか、父を見上げた。
「早くしろっ!」
「…虎菊、刀を離せ。」
「でも…」
「心配するな。俺がどうにかするから。」
「父上…」
手本を示すように己から遠くに刀を投げ捨てた政宗は、大きく一つ頷いて虎菊丸を見た。
虎菊丸も悔しくてならないのだろう。
ぎゅっと唇を噛み締めると、男たちをきつく睨んだ。
それから震える手で刀を腰から外すと、父親の刀の近くに投げた。
「よ、よしっ!」
二振りを奪い取り戻ってきた仲間が背後の山へ入っていくのを確認する。
そのうちの一人が桃花を乱暴に俵担ぎにした。
「きゃあっ!藤、じろっ…様っ…!!」
「桃っ!!」
「うるせえっ!!」
殿を務めるつもりなのか。
ぼろぼろの刀を持った男は正面に構え直すと、今度は馬を逃がすように要求してきた。
政宗の顔に更なる怒りが浮かぶ。
けれど、桃花より大事なものはない。
そばで水を飲んでいる馬の尻を政宗が叩けば、二頭はピクリと反応して駈け出した。
馬の姿が見えなくなったのを見届けて、最後の男も山に消えた。
「父上…」
「…必ず取り戻すぞ。」
「っ、はいっ!!」
虎菊丸の瞳に闘志と勇気が宿る。
政宗は愛息の頭を乱暴に撫でると、指笛を鳴らした。
そんなに待たずに手元から放れたはずの馬たちが戻ってくる。
「だっど、すげえ!」
「奥州の馬は飼うほどに慣れるもんなんだ。己の馬はしっかり管理しろよ。」
「はい。」
「行くぞ、虎菊!」
「やーっ!!」
政宗達の蹴りに馬が反応する。
まるで、主人の気持ちを理解しているかのように。
桃花を抱えて逃げるとなると、そう遠くへは行けないはず。
政宗は逸る心を抑えながら周囲に目を凝らした。
2017.02.06. UP
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夢幻泡沫