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花は輝き月は笑む 番外編
甘露の日和 08
気持ち悪い。
この先どうなるかなど考えられず、桃花はひたすら嘔吐感を堪えるので精一杯だった。
担ぎあげた男の肩が桃花の腹部を圧迫し、常に揺れている状態で、視界は上下前後が逆で。
ようやく地面に下ろされた桃花は、ふらふらと座り込んだ。
「…すま、っ…」
頭らしき男が桃花に何か言おうとしたが、はっとして口を閉じた。
「…」
「…水を飲みなされ。」
「…今は何も口にしたくありません。」
そう言ったきり、桃花は目を閉じて気持ちを落ち着けることに集中した。
大丈夫。
きっと政宗様が助けに来てくれる。
彼のことを信じていればいい。
閉じた瞼の裏にひたすら政宗の顔を思い浮かべ、『大丈夫、大丈夫』と己に言い聞かせる。
桃花の調子がだいぶ元に戻ったころ、気味の悪い感触が顎に当たった。
瞬間的に目を開いて前を見ると、男の顔がすぐ近くに覗き見るようにしてあった。
「…」
大きくなった桃花の瞳に、査定するような男の視線が絡み付く。
「へえ、よく見るとえらい別嬪さんじゃねえか。どこのお姫さんだか知らねえが、あんな所にいたのが運の尽きだな。」
「手を出してはなんねえぞ。名主様に差し出すんだからな。」
「分かってる。だが、味見ぐらい…」
「なんねえっ!」
「…ちっ。」
舌打ちと共に顎から嫌な感触がなくなる。
桃花は思わず袖口で顎を拭った。
だが、どうやら事情がありそうな雰囲気で…
「…あの。」
「何だ?」
「『名主様に差し出す』…とはどういう事でしょうか?」
「…おめぇさんに言う気はねえ。」
「私のことなのですから、知りたいです。私はこれからどうなるのですか?」
「…」
「教えていただきたいです。」
「…名主様に差し出す。」
「…どういう事でしょか?」
「そのまんまだ。おめぇさんは村からの女として名主様に差し出すんだ。」
「…村の女の方達は?いらっしゃらないのですか?」
「…いねえ。丁度いい年頃の女は、全員名主様のもとへ行った。誰一人帰って来ねえ。」
「え…?」
「村に残ってんのは婆とちっこい子だけだ。」
「何、故…?」
「そんなの俺達が知るわけねえだろ。もう女はいねえって申し上げてんのに、名主様がまた連れてくるように言われた。名主様に逆らったら、俺達は田畑を借りられず食ってけねえ。おめぇさんには悪いが…」
「だからと言って、このような事を…」
「おめぇさんはお姫さんだから分かんねえ!俺達がどんだけ苦しい思いをして生きてんのか…っ!!」
「…それでも、あなた方は…。」
罪を犯している。
言おうとして、桃花は言葉を飲み込んだ。
代わりに深く息を吐き出すと、頭らしき男を真っ直ぐに見て切り出す。
「納得はできないですけれど、一つお願いがあります。」
「…何だ?」
「これから先、まだ移動することになりますか?」
「あ、ああ。」
「でしたら己の足で歩きたいです。先程のように担がれてしまっては、気分が悪くなってしまいます。」
「だが、俺達は急いでいるんだ。」
「無理をして私が体を壊してしまっては、名主様に差し出せなくなってしまうと思うのですが。」
「っ…」
「…お願いです。己の足で歩きたいです。」
「…分かった。少ししたら発つつもりだ。」
渋々と了承した男に桃花は頭を下げると、また目を閉じた。
己から言い出した以上、弱音は吐けない。
桃花は彼女を取り囲んでいる男達にせっつかれながら険しい山道を進んでいた。
「なあ、お姫さんの軟な足じゃきつかろう?やっぱり俺が…揺らさんようにするから。」
「…いえ、歩きます。」
遅くなればいい。
そうすれば、その分だけ政宗様が追いつくのだから。
けれどゆっくりと歩きすぎると男達が苛ついたり、有無を言わせず担がれたりしてしまう。
あまり刺激しないように注意を払いながら、桃花は黙々と歩いた。
「…村、はどちらにあるのですか?」
「…この山を越えた先だ。」
「そう…ですか。」
それならば、余計な体力は使わない方がいいかもしれない。
きゅ…と唇を引き締めて、桃花は前を向き直した。
それからしばらく、誰も何も話さずに地を踏みしめる音だけが耳に入ってきた。
ふと気が付く。
「…下っている?」
桃花の呟きに男の一人が答える。
「ああ、峠は越えた。」
「そうですか。では、村に着くのですね?」
「着かぬな。」
突然、第三者の声が割って入る。
「お前等か。この頃、この周辺で起こっている娘の拐かし事件の犯人は。」
「…」
「しかも此度は随分と身形の良い…」
呆れた声が途中で途切れた。
男達は周囲に気を払い、桃花を囲んで円形に見回す。
行く手を遮るようにどこからか姿を現したのは、黒い装束に金の髪が珍しい女性だった。
2017.02.13. UP
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夢幻泡沫