「うわぁ…っ!」
目の前に広がる光景に感嘆の声をあげる。
空の青。
雲の白。
大地の茶。
草の緑。
花の黄。
水の透明。
八百万の神に囲まれているようで、思わず声が漏れた口を両手で覆う。
それほどここは綺麗だった。
大きめの花茣蓙を敷き風呂敷から出した佐助さん特製のお弁当を広げれば、幸村様のお腹が自己主張を始める。
「…すまないでござる。」
カッと頬に朱が差した幸村様の視線が地に吸い込まれた。
「いいえ。いつ見ても佐助さんのお弁当は美味しそうですもの。幸村様、早速いただきませんか?」
「そう致そう!」
言うが早いか、あっという間に大きな口でかぶりつく幸村様を呆然と見た。
召し上がらぬのか?と首を傾げられながらも、手からおにぎりを離さない。
そんな幸村様を可愛らしいと思ってしまえば、クスクスと笑いを零してしまう。
ますます首を傾げた彼に何でもないと首を振りつつ、私も佐助さんが腕によりをかけて作ったであろうお弁当をいただいた。
「…長閑でござるな。」
「はい。上田という場所は美しいですね。お城も人も自然も…」
「そうであろうか?」
「ええ…尤も、他の場所へ行ったことがないですから比べようがありませんけれども。ですが…」
「…何でござろうか?」
「少なくとも私が今まで見てきた風景の中では、断突です。」
「桃殿の言葉、ありがたく。」
私の言ったことで幸村様が喜んでくれる。
それが嬉しかった。
自然と緩む頬を隠すように下を向くと、会話がなくなってしまった。
けれど不思議と苦痛ではない。
心地よい静けさの中に身を置いていれば、隣からまったりとした空気が感じられた。
ちらりと顔を横に向けると、あくびをかみ殺している幸村様がいる。
ばっちりと目が合って、お互いに苦笑をしてしまった。
「…あいすまぬ。こう長閑だと気が抜けてしまっていけませぬな。」
「少しぐらいいいのではないですか?風も穏やかで気持ちいいですし、たまには気を緩めるのも必要だと思います。」
「忝い。お気遣い、感謝いたし申す。」
「今日くらいゆっくりと休まれては如何です?ここなら誰も見ていませんし、少し寛ぐぐらい大丈夫だと思いますよ。」
「しかし…」
「私、花摘みをしたいです。少し散策をしてきてもいいですか?」
「構いませぬが…某も付き合いましょうぞ。」
「いえ、一人で大丈夫です。」
「…なれば、あまり遠くへ行かれぬように。万一、と言うこともあり申す故。」
「分かりました。ありがとうございます、幸村様。」
軽く頭を下げて茣蓙から立ち上がると、私は草の中に咲いている花を摘み始めた。
小さい頃、空き地に咲いていた花で作ったことがある冠。
久し振りなので上手に作れる自信はなかったが、自然と戯れているとつい夢中になってしまった。
「…何を作っておられるのだ?」
「ぅわっ!?」
後ろから掛かった声にビクリと肩を揺らす。
「も、申し訳ござらぬ。桃殿を驚かせるつもりはなかったのだが…」
「は…ぁ、驚きました。こちらこそすみません、つい夢中になってしまって。」
振り返れば、幸村様がそこに立っていた。
傾きかけた強めの照りを背に、上から覗き込むようにして私の手元を見ている。
「それは?」
「花冠です。見たことありませんか?」
「初めてでござる。どのようにして作られるのだろうか?」
「簡単ですよ。少し長めに茎を切って、花同士をつけるようにして絡めていくだけです。」
このように、と手近にある花を摘んでは花冠の続きを作っていく。
だんだんと輪状になった花の束に、幸村様はほうと感心したような声をあげた。
最後は外れないようにしてしっかりと固定すれば、なかなかの出来栄えになる。
「出来ました。…幸村様、頭を下げてください。」
「え…?」
訳が分からずに首を捻りながらも頭を前に垂らす幸村様に、出来あがったばかりのそれを戴せる。
「ふふっ、お似合いです。」
端正だがどこか少年らしさを残す顔立ちの幸村様に、明るい色合いの花冠はなぜだかよく似合っていた。
「…急に野駆けをしたいと申された時は驚いたでござるが、今日の桃殿は女童のように可愛らしゅうござる。」
「ゆ、き村様…?」
「何故、野駆けをされたいと思われたのでござるか?花なればここまで来ずとも城にもあり申したが…」
それは…
私がいた世界では、今日が三月二十日だから。
『春分の日』という特別な日だから…。
「それに、このような可憐なものは桃殿の方が似合うでござろう。」
「幸村様?」
「ほら、このように…」
「きゃ…っ、急に戴せられても…」
「おお。やはり、よう似合いまする。この花に宿る神のようだ。」
「幸村様っ!?」
「その姿、誰にも見せとうはないでござるな…」
2015.03.01. UPIT
2017.03.20. EDIT